意識の同調が始まっていた。
互いの意思の波長がゆるやかに重なり合っていく。強い、この上なく心地よい共鳴。前に一度
体感したが故に一層激しく、とうてい抗える感覚ではなかった。
<…アムロ…何故、地球の重力に縛られたままで安穏と暮らす? 出てこい!>
<安穏とだなんて…そんな訳ないだろう! 俺だって抜け出せるものなら抜け出していた>
<では何故出てこない?>
<それは…>
途端、アムロの意識が閉じようとしていた。けれどクワトロは頑強に繋がりを保つ。ただひた
すらにアムロを思うからこそ出来る強引なリンクだ。
<逃げるな! 心の中でまで…逃げようとするなアムロ! 私を感じろ!>
だがそれでもアムロは切なく離れた。またたきひとつの間に、クワトロの全身を現実の感覚が
包み込み、視界がクリアになっていく。その拒絶に、クワトロはちっ、と舌打ちした。
「…私を…いつまでも拒み通せると思うな、アムロ!」
クワトロにとっては、アムロは絶対の「半神」であった。そうでなければならなかった。
拒絶は許さない。彼と自分とは唯一無二の一対である筈だから。アムロの存在を無視するとい
うことは、自分自身のニュータイプへの覚醒を無視するということなのだ。
クワトロは、乱暴にアムロのバスローブをはだけた。アムロがびっくりしてはねのけようとし
た腕を掴んでひねりあげ、上手にひとまとめにしてローブのタオルベルトでくくってしまう。怯
えて身じろぐ素肌にキスの雨を降らせ、掌で陶器のようなすべらかな肌ざわりを楽しんだ。
「シャア…ッ! よせ! そういうのは…俺は嫌いだ!」
アムロは怒りの声をあげた。必死で抜け出そうと尚も身をよじる。
「あ、…貴方まで…人を女の代わりにするつもりか!?」
<…「まで」…?>
一瞬、聞き捨てならない言葉が混じっていたな、とクワトロは眉をひそめた。…だが今はそん
な些末なことに構ってはいられない。「とんでもない」と厳しく答えた。
「女の代わりに君を使うほど私はおちぶれてはいない。…君だからだ。君だけだ! どうしてそ
んなこともわからん?」
クワトロが身体全体で嫌がるアムロを押さえ込みながら更に低く呟いた。
「…私をあんまり焦らせてくれるな。素直にしゃべることが出来ないというのなら、身体に訊い
てみてやろうというのだよ…」
やめろ、というアムロの悲鳴は正しく声にならなかった。クワトロは首筋から鎖骨にかけてを
やんわりと舌で辿りながら、片手を下肢の方へと伸ばす。浅い茂みの中心に指をからませるだけ
で細い肢体がびくびくとはねた。
「ン…あ…あ!」
クワトロは、思っていたよりずっと甘いアムロの声に満足し、薄く笑んだ。
そっと、耳元にささやきを吹き込む。
「私を…忘れることは許さない。私にとって君だけが共感の相手だというのなら…君にとっても
私だけでなければならない。他の者は…許さん」
強烈な、愛の告白とでも言うべきクワトロの台詞に、アムロは痺れたように動けなくなった。
彼がほしがっているのは、彼にとっての完璧な「片翼」なのだ…。
「…私だけを見ろ、アムロ」
強く、言い含めるようにささやく。からめた指をゆるやかに動かせば掌の中で熱を帯びたそれ
は勃ち上がってゆく。アムロの口からは濡れた喘ぎばかりがこぼれた。
「ひ…ッ…!! あァ…ッ!」
大して焦らしもせずに解放に導き、放たれたぬめりをそのまま今度は双丘の最奥に塗りつけて
いった。指先をほんのちょっと潜らせてじわじわくゆらせると、面白いほどにアムロの声は震え
た。だんだんと、優しく解きほぐす。
アムロの喘ぎはやがてすすり泣きのようにさえなった。その様があまりにも愛おしくて、クワ
トロはうっとりと目を細めた。…そうだ。こんな風に触れ合いたかった。この宝を手に入れるた
めにはもはやどんな障害をも苦にすまい。
自分の欲求が、実はとてつもなく単純だったことにクワトロは笑い出したいくらいだった。
「アムロ…感じていいのは私だけだ…」
「や…ッ…シャ…あ…!!」
クワトロは気が付かなかったが、いつの間にかアムロの抵抗はやんでいた。それどころかアム
ロは無意識のうちにシャアを呼び求めていた。
吐息が混じり合う。貪るような口づけを交わす。意識が…互いに溶けていく…。
──これほどの快絶は、またとなかった。
「アムロ…!」
身体が、深く繋がる。意識と共に深く…深く。そして耐えきれない、熱さ。
アムロは泣き叫んだ。
「…アアアァッ!!」
クワトロは、…シャアはアムロを腕にかき抱きながら遠い潮騒を聴いた。
懐かしく、どうしてもどうしてももう一度たどり着きたいと願い、己に誓った約束の海であっ
た。
だがその波間の向こうには、何故か少しだけ、ララァの気配を感じた…。
アムロは、夢を見ていた。
シャアに抱かれているうちに気を失ったのだろう。ふわふわと頼りない、海の底のようなイメ
ージを漂ううちに、シャアの言葉を思い出す。
<…私以外の者は…許さない。私にとって君だけが共感の相手だというのなら、…君にとっても
私だけでなければならん>
考えてみれば、幸福な思考だった。互いが互いのこの上なき片割れだというのだ。ふと、アム
ロは想像してみてしまう。
──なれるだろうか。彼の半神に。
<うふふ…>
すると突然、頭の中でララァが笑った。
<ララァ…>
アムロは驚いたりはしなかった。ララァはこうやっていつも自分の思考を泳いでいるのだ。
<アムロ。彼の対になってあげてくれる? なれなかった私の代わりに、なってあげる?>
代わり、か。アムロは呟いた。
<…代わりなら、要らない>
そう答えるとララァはまた笑った。
<アムロは欲張りね…もう私はアムロと溶けてあげたのに、シャアともあんなに溶け合っていた
のに>
アムロはかあっと恥ずかしくなってララァの微笑みを振り払った。
<あ、あんなのは…成り行きだ!>
<ウソ。本当は呼び合ってるくせに。私を呼んだのと同じくらい>
図星をさされてアムロは凍った。ララァはふふ、と笑ってまた薄らいだ。
<ねえ、欲しいでしょう? 本当は誰かの…現実の誰かの片割れになりたかったでしょう?>
彼となら、なれるわ。
<ララァ…>
水底がゆらめき出した。意識が覚醒しようとしているのが判って、アムロはそれに身を任せた。
ぼんやりと、目の前にはシャアが居た。
「…アムロ?」
ぱちぱち、と何度かまばたきする。さっきの、自分の部屋だった。
クワトロが神妙な顔で覗き込んでいるのでなんだか恥ずかしくなってぷいとそっぽをむいてみ
る。クワトロは小さく「済まなかったな」とわびていた。どうやら、アムロが気を失ってしまっ
たのを見てちょっとばかり自分の行為を反省したらしい。
いや、行為自体に反省はないかもしれないが。
「…済まないとか言うくらいならしなきゃいいだろうに」
アムロがしれっと呟くのを見て、クワトロはしばしあっけにとられる。もっと…もう少しくら
い恥じらう(笑)とか怒るとかするものと思っていたのだ。
「アムロ。私は別にからかったつもりでは…」
「俺は女じゃないんだ。そういう言い訳は要らない」
アムロはじろりとクワトロを睨み据えた。
「…いくらニュータイプ感応ができるからって言葉が要らないと思ったら大間違いだぞ」
その台詞にも、一片の怒りや戸惑いはない。ただひっそりと苦笑いして、つけ加えた。
「まあ、その点に於いては俺にも反省の余地はあるけどな。とりあえず貴方の言いたいことは大
体判ったと思うんで、少し考える時間をくれ」
重力は、俺にとっては忌まわしい鎖でもあるけれど今は大事な手綱でもあるんだ。アムロはそ
れだけ言うとごろんと彼に背を向けてシーツを被った。
「ああ、ドア…貴方の入れた暗証番号はちゃんと解いてくれよ」
クワトロはまだためらっていたが、やがてひとつ大きなため息をついた。
まだまだ、本当の理解には遠いらしい。ニュータイプ同士であっても。人間というものの意識
はまったく面倒臭い。だからこそ引き合ったりするのだろうが。
「…了解した」
でも確かな足がかりは作った筈だ。そう信じたい。自分の思いが決して一方通行ではないこと
だけは。だから今日はこれで満足するとしよう。
クワトロは、身なりを整えて部屋を出ようと歩き出した。
が、途中で止まった。くるりと振り返る。
「ところでアムロ。確認しても…いいかね?」
「…まだ何か?」
クワトロは真面目くさった顔で、ちょっとの間だけ言葉を選んでいるようだった。
「さっき、聞き捨てならない言葉があったんだがね。…まさか、君こそ男遊びなぞしていたんで
はなかろうな?」
ぶんっ、と枕が飛んできた。もちろん、赤面したアムロが投げつけてきたのだ。
「………貴方って…ほんっっっっっっとに…臆面もなく…!!! …ンな訳ないだろう!」
アムロが、MSを一機置いていって欲しい、とクワトロに頼みにきたときには、正直少しだけ
クワトロはがっかりしたものだった。宇宙へ共に上がってくれると期待していたのだ。
けれど、アムロがその後「宇宙はまだ怖い」と呟いたのを見て、なんとなく彼の怖がっている
ものの正体が判る。一度判ってしまうとアムロの思考は手に取るように判った。
「宇宙じゃなくてララァが怖いのだろう? ララァは重力に縛られてひきこもっていると言った
ことがあったな?」
「……」
アムロの背を軽く叩く。そうして、苦く笑ってみせた。
「いつかは、来るのだろう?」
「…ああ。そうできたらいいと…思う」
その言葉は本心のようだった。クワトロは頷いた。
「では。私は宇宙で待っていよう」
さりげなく手を差し出すと、アムロはその手を取った。当然のように。
指先をほんの一瞬、そっとからめて互いの「海」を微かに感じる。この海を感じていられる間
はまだ同じ夢を見られる、と二人には判っていたのだ。
だが、この約束の海が永遠であるという保証は何処にもなく──。
「アムロ!」
カツの呼ぶ声がして、二人の距離はするりと離れた。
触れ合った指先が酷く乾いているようだった。
(2001.5.23 am1:53) END.
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