初めて出逢ったのは、茜色に染まる空のただ中だった。
無謀にも敵MAに突撃し、失散した輸送機からこぼれ落ちるように脱出した青年を、まだ
正体も判らぬままとりあえず自分のMk-IIで拾い上げた時から、カミーユはとてつもなく
大きな宝物を見つけたような気分になっていた。何故かは判らない。
だが、Mk-IIの掌の上の彼を、自分よりももっと熱い思いで見つめる視線があったのも
カミーユは良く覚えている。
クワトロ大尉だ。クワトロはおよそ今までのクワトロらしからぬ動揺した態度をみせてい
た。アウドムラに着艦する間も待てないくらいに気持ちが急いていて、空中でコクピットの
ハッチを開けて必死に身を乗り出し、アムロの姿をより近くで確認しようとしていた。
そうして、そんなクワトロをまるでアムロは総て判っているかのようだった。
<このヒトは…誰なんだ…クワトロ大尉の知り合い…なのか?>
──引き合う、物凄い力。怒濤のごとく溢れる意思の波。クワトロと、アムロの。
魂の源というヤツがあるのなら、きっとその部分が呼んでいる。
カミーユは半分意識が巻き込まれしばらく茫然としていたが、アウドムラに無事戻ってか
ら改めてその感覚を思い返して、すぐに気が付いた。
考えたくない、気付きたくない結論だった。
「…カミーユ?」
アムロが、まだ自分の手をぎゅっと握ったまま彫像のようになってしまったカミーユに恐る
恐る話しかける。なんだか邪魔しては悪いかと思うくらい真剣な表情だったのだが、せめてこ
の手を放してからにして欲しい。というかここは一応自分の部屋なんだが。
「カミーユ。あの…」
はた、とカミーユが唐突にみじろいだ。自分の状況を思い出したらしい。
「あ、…いえ何でもないです、すみません」
もちろん、何でもないというような表情ではない。アムロは、ちょっと考えてから慎重に口
を開いた。あんまり下手なことを言って刺激させたくなかった。
「カミーユが俺を励まそうとしてくれてるのは、とても嬉しいよ。ただ、その代わりに君の方
が神経質になってしまうのは申し訳ない。俺は…大丈夫だから」
優しく微笑みながら、さりげなくカミーユの手から自分の手を外す。なんだかあんまりきつ
く握られてどきまぎしてしまった。拒絶のつもりはこれぽっちもないのだが、照れるのだ。
「俺も、まだ諦めるつもりはないよ。戦うことはね。…俺が言いたいのはさ…君はまだ若くて
人生だってこれからだから、俺みたいな戦争屋になったらもったいないよ、ってそういう意味
でね」
カミーユは、どん底に暗い表情をふと、いらだちに彩らせた。
「戦争屋…たとえばクワトロ大尉ですか?」
ぽつ、と嫌味みたいな口調で呟く。この部屋にやってきた当初の心情はすっかり何処ぞかへ
ふき飛んでしまい、どうやら今はクワトロへの曖昧な嫉妬心だけが燃えている。
目の前に理想のニュータイプが居るのに、ちっとも自分とは解り合えないなんて。
「クワトロ大尉…?」
アムロは途端に笑みを曇らせた。その顔色の変わり具合がまた一層、カミーユの嫉妬心をあ
おってしまう。…知りたくない!
「アムロさん!」
がばと、無意識に肩を掴んだ。自分より背が高いくせになんだかほっそりと痩せた身体が掌
に伝わってきて、カミーユは矢も楯もたまらなくなった。
「え、う、うん。何?」
「俺は! アムロさんを壊されたくないんです! 誰にも!」
壊される? 何だその意味は、とアムロが眉をひそめたが、カミーユは自分にしか判らない
理屈でアムロに迫る。アムロが思わずたじろぐほどに熱烈に。
「あの女も! クワトロ大尉だって! きっとアムロさんを壊してしまう! めちゃめちゃに
してしまうんですよ! だってあの女はちっとも判ってないし、クワトロ大尉なんかもっと判
ってくれたっていいくせに…どうして誰も理解しようとしないんだ!」
センシティブな少年ならではの爆発。複雑に揺れ、苛立つ感情がアムロにはダイレクトに伝
わってくる。痛々しいほどに切なく激しい。
<ああ。…間違いなくこの子は俺なんかより鋭いニュータイプだ…>
「アムロさんはどうしていつも怒らないんですか? どうして始めから全部諦めてしまうんで
す!? そんなの、俺はイヤです! 許せない!」
アムロは、きつく肩をつかまれたままでため息。しょうがないのでその姿勢のまま、カミー
ユの頭を自分の胸元に引き寄せた。ぽすん、と群青の髪が寄りかかる。
「カミーユにとっては、その激しさこそが戦う刃、なんだろうね…」
でも、その刃で自分まで傷つけることはないんだよ。アムロはそう言って頭を丁寧に撫でて
やった。カミーユは幼子のようにしがみついてきた。
「だって…だって…アムロさんばかり貧乏くじ引いてるみたいで…そんなのって…」
「俺がやるべきこと、ってのがあるんだ。まあ気にすることはないよ。貧乏くじなんて、意外
とみんな、均等にひいてるもんなんだから」
あんまり上手い慰め方ではなかったな、とアムロは自分でも思った。カミーユの瞳に炎が宿
るのを感じたのだ。
「…連邦政府のお偉方なんて…そんなものひいちゃいないじゃないですか! だから大人って
嫌いなんだ!」
「おいおい…今話してるのは連邦全体のことじゃないだろう?」
「全部一緒の意味ですよっ! 俺は子供だから、アムロさんみたいに悟りきったりできないん
です! だからッ…!」
カミーユは、いきなりぐいとアムロの身体をシーツの上に押し倒した。さすがにぎょっとし
て逃れようともがくアムロを、上手いことねじ伏せる。ちょうど柔道の要領だ。
「あ、えーと…カミーユ? こ、こういうのは…ちょっと…」
「俺は…俺はイヤなんです…壊されたくない…卑怯だ…」
ちっとも聞いていないカミーユは、もう言っていることも支離滅裂になってきた。実はあま
りちゃんと言葉にもなっていない。それでもその一言一句を間違わずにアムロが聞き取ること
が出来るのは、カミーユが無意識に心を全開にして意思そのものをアムロに流し込んでいるお
かげだった。故に、明確な感情さえアムロは読みとれた。
子供らしい純粋な好意、それからいたわりと優しさ。好き、という気持ちの中に隠れている
曖昧な暗い影は独占欲と嫉妬。ささやかながら情欲を伴う愛…。
広い、どこまでも広い宇宙が見えた。
<ああ…そうか…そういうことか…>
アムロは、ちょっと考えてから抵抗するのをあっさり止めた。
どの道清らかな身体でもなし、男同士だし、大して困ることでもないだろう。それで一時的
にでもカミーユの気が済むのなら。
「カミーユ。理解り合いたい、と思うのかい?」
アムロは優しくカミーユの頬に触れた。カミーユはどきり、と身じろいだ。
「ニュータイプ同士なら理解り合うのも容易いかもしれないね。…触れ合ってみればもっとよ
く判るかもしれないっていうのは…人間らしい欲だよね…」
頬に当てられた指先が、ゆるやかに額にのび、細い前髪をかきあげた。カミーユはそれだけ
でかあっと燃え立ってしまう。全身の血がすべて、アムロに触れられた部分に集まっていくよ
うな感覚。溺れそうになる。
「あ…アムロさん…」
「俺はそう簡単に壊れたりしないよ。俺にとっては…カミーユ、君の方がよっぽど心配だ」
カミーユは、決死の覚悟でアムロの手を取った。自分の手と重ね、指をからめた。
To be contenued...(Maybe)
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