これで最後だと思って、ガンダムに乗った。この戦いが終わってもしも生きていたら、もう金
輪際戦争なんて御免だった。なにしろ気分が悪かった。
<…シャアは、俺たち反連邦政府の連中と共に戦ったが、それで本当に地球に残った人間に嫌気
が差してしまったんだぜ? 今度は本当に決着をつけるつもりだよ…>
アムロは、シャアの地球人類に対する痛々しい失望を誰よりも知っていた。初めからまったく
そうだった。14年前に出逢ったときから彼は、…いや、彼の無茶としか言えない理想はこゆる
ぎもしなかった。それどころか年月を経るにつれ理想は肥大し過激化していた。
だから、なおのことアムロはシャアを絶対に肯定したくなかった。
<決着、か…。おまえとの、か? それともオールドタイプに対して?>
<どうかな。両方かもしれない。…どちらにせよヤツの暴挙は許す訳にはいかないだろう>
ブライトは頷いて、アムロの背をたたいた。ちょっと心配そうに眉をひそめて。
<死に急ぐなよアムロ。今から差し違えなんて考えていたら承知しないからな>
アムロは、その言葉にどきりとしてブライトをまともに見つめ返した。言われるまで思っても
みなかった気持ちなのに、何故かやましい想いがした。
みすかされたかのような。
<…まさか。初めから相打ちなんて狙ったらシャアは倒せないさ。戦いは図太さが命だからな。
同じ一年戦争を生き抜いた艦長なら判るだろ?>
努めて明るく答えたつもりだったが、わざとらしさが出ていることは明白だった。ブライトは
それ以上は何も言わず、もう一度アムロの背を、さっきより優しくたたいて励ました。
アクシズが、落ちる。
アムロは後先考えずにνで飛び出し、アクシズにとりついて必死に岩壁を押した。無駄だとは
判っていてもやらずにはいられなかった。
シャアがなにやら喚いている。サイコフレームの情報を流したのは実は自分だ、とか(まった
く腹が煮えくりかえる尊大ぶりだ)、完璧な作戦の筈だった、とか。常に見下されていたと思う
につけ、猛烈に腹が立って仕方なかった。
だが、上可思議な光の渦がνガンダムの回りを包み始めてから、アムロは次々信じられない光
景を目にする。自分たちの側にとりつき、同じようにアクシズを押すMSたち。敵も味方も入り
交じり、命をかけて地球を守ろうとするその…優しく激しい光景。
「無駄死だ! そんな…無茶だよ!《
想いは同じだ、と見知らぬ同胞たちが微笑んで、自爆していった。光がひとつ弾けるたびに、
アムロの意識に切ない閃光が走った。閃光は数限りなく続いて…やがてアムロを一杯にした。
「…やめろ!! 俺たちだけでいいんだ! こんな莫迦げたことにつきあわなくていい!《
耐えきれずに泣き叫んだ。光の渦はもはや青い洪水となっていた。
<こんな…俺たちに…つきあって死ぬことなんか…ないんだ!!>
ブライトの言葉が脳裏に甦る。差し違えるなよ、と苦く笑った彼の顔が思い出される。
ごめん。とアムロは誰にともなく謝った。
やっぱりこうなるような予感がしてたんだ。多分、こういう風にしか俺たちは決着をつけられ
なかった。呆れかえった茶番だと自分でもおかしくなるけれど、でもしょうがないんだ。
──シャアを、止められなかったんだから。
自分が止められなければ誰も止められないのに止められなかった。
それは、「自分だけが彼に対抗し得る能力を持っている《とかそういう自信みたいな誇りみた
いなものでは全くなく、むしろ気持ちの問題だった。シャアの理上尽な、我が儘な、子供みたい
な言い分をアムロは誰より知っていたのだ。
これで最後だと思って、ガンダムに乗った。この戦いが終わってもしも生きていたら、もう金
輪際戦争なんて御免だった。なにしろ気分が悪かった。シャアとの決着がつくときは自分がシャ
アを「連れて《いくときだと頭の何処かで判っていたからほんとに気分が悪かった。だって、自
分が連れていかなかったら誰が連れていける? こんなにも、引き寄せ合ってぶつかりあってい
る者同士なんだから。
…ああ。どうして、彼とはぶつかり合うことしかできなかったんだろう。
シャアを想うとき、アムロはいつも上思議な感慨にとらわれる。もう少し上手くつきあうこと
はできなかったんだろうか。少なくともエウーゴで出逢ったときなら可能だった。あのとき、彼
は自分に対して手を差し伸べてさえ、いた。…いいや、もっと前から、ずっと前から彼はいつも
煮え切らない自分にためらいもなく手を差し伸べていたではないか?
なのに、アムロはその手を無視した。どうしても、ダメだった。
<譲れない…ララァのことだけは絶対に、譲れないんだ>
シャアを我が儘で子供のようだと言い切るアムロもまた、どうしようもなく我が儘で子供な部
分を持っていた。なまじ普段が穏和なだけに、その頑迷さと来たら人格が変わったかのように見
えた。…本質はちっとも変わっていないのだが。
アムロは、14年間ララァのことに関してだけはシャアを許してはいなかった。ララァを殺し
してしまったのは自分自身だし、その死がある意味どうしようもない、運命的なものであること
は百も承知で(だってあの時ララァはシャアのためだけに生きていたのだからシャアを殺そうと
した自分の前に入ってくるのは当然だった)、けれどやっぱり許せなかった。憎んでも仕方ない
のでせめて理解ろう、と考えたこともあったが、ララァを殺した自分を14年もの間許せなかっ
たのだから、シャアのことも許せる筈がなかった。
<俺が…先に譲ればよかったのか? こんな風になる前に>
でも譲れなかった。譲れないのはお互い様だった。
シャアとの会話はだんだんののしりあいになっていく。だからこその本音とも言えた。クエス
の問題から、話は一気にララァのことへと飛んだ。
「…ララァは私の母となってくれるかもしれなかった女性だ!《
コクピットは熱で焼け始めていた。間際に吐露したシャアの叫びは、アムロの胸をついた。
<は…は…?>
その瞬間、シャアがララァに抱いていた優しい思慕の念がアムロを包む。
痛々しいほどに寂しい、孤独な想いだった。
シャアは、その孤独を誰よりアムロに判って欲しかったのだ。
…たった、それだけだったのだ。
νガンダムは光の藻に包まれながらアクシズと共にものすごい力で大気圏から押し戻された。
見えない手でたたき飛ばされたかのような衝撃を受け、νは身体ごと目の前の岩壁にぶつかっ
てめりこんだ。アムロは目の前のコンソールにしたたか胸を打ち付けて血を吐いた。安全ベルト
は外してしまっていた。
次々と壊れる外部カメラに、かすむ目を向ける。赤いサザビーの脱出ポッドを探して。
<…シャア…>
判ってるよ。
それだけの言葉を言わせたくて、あの男は自分に挑んできたのだ。今それに気が付いた。そう
してなんだかとてつもなく優しい気分になってしまった。まったく上思議なことに。
<シャア…あんたってホントに、莫迦だな…>
判って欲しい、判って欲しいと喚いておきながら、そのくせ俺のことなんか判ってないじゃな
いか。俺がどれだけこの戦いに覚悟を決めてたかなんて判ろうともしないじゃないか。
俺は戦いたくなかったんだぞ。あんたとは戦いたくなかった。戦ったら多分、今度こそ両方と
も死ぬって思ったから、絶対嫌だったんだ。あんたを殺したくなかった。
だって、ララァを殺してしまった俺があんたまで殺してしまったら、俺はもう生きていく気も
失せるだろう?
<…あんたが生きてたから…俺も生きていようと思ったんだ。あんたを許さないままでいられた
ら、それでも…なんとか生きていけると思ってた…>
なのにあんたはとことん、俺を目の前に引きずり出したいんだな。引きずり出して、ぶつかり
合いたいってだけでこんな戦争まで起こして。莫迦じゃないのかホントに。俺たちは正面に立っ
ちゃいけないんだよ。
アムロは、震える指で生き残っているカメラの視点を変え、自分の脇に赤く光る球体をみつけ
出した。ためいきと、それから何故か笑みが滲んだ。…まだ、生きているだろうか。
<もし生きてても…俺が殺すよ。あんたを殺すのが俺の最期の仕事なんだから>
サザビーの脱出ポッドは初めから岩肌に埋まっていたため衝撃は少ないように思われた。アム
ロはほとんど無意識に、脱ぎ捨てていたヘルメットを手に取った。ちっともいうことをきかない
痺れた手で被るのは至難の業だった。バイザーを下ろし、コクピットのハッチを開けるスイッチ
を押そうとしたところで、意識がとぎれた。
優しい念が自分を包む。
…誰? ララァではない。でも…すごく良く知っている。
ぽつ、と濡れたものが頬に当たる感覚にアムロは重たい瞼をようよう持ち上げた。
「…シャア…?《
(2001.6.27) END.
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