<2> 「……アムロ? 居るのか?」 携帯ライトの光が射した。聞き慣れた声が全周波に乗って聞こえた。実際に聞くのは5年ぶりくらいになるのか。シャアは銃を構えながら、アムロのポッドまで後退った。 ぱ、とまぶしい光がスーツに当たる。 「………………シャア! 貴様! 生きていたのか!」 「ちっ……!」 現れたのはブライトだった。彼は叫ぶと同時に腰の銃を引き抜いて、シャア目掛けてすかさず一発放ったが、シャアのすぐ脇の壁に当たっただけで、シャアはふわりと横に飛び退いていた。 二発目を撃とうと構えたところで、ブライトの頭に一瞬のノイズが閃く。 それと、声が。 <────ブライトやめてくれ────> 「……アムロ、か?」 思わずヘルメットに手を当てて呟いた。が、声はもうブライトの呼び掛けには応えなかった。シャアが何故かひるんだ様子を見せていて(もしかしたら今の声をシャアも聞いていたのかもしれない)、がばと傍の救命ポッドにしがみついた。 …そこにアムロが居るのだろうと、容易く想像はついた。だが判らないのは、どうして宿敵であるシャアがアムロを助けてやろうとしているのか、だ。 「アムロ! アムロ! アムロ!」 ブライトには判らなかったが、さっきの叫び以降、唐突にアムロの意識は途切れたのだ。かろうじて息はしているが、止まるのは時間の問題だった。シャアはまるで泣き叫ぶかのように必死に名を呼び続けていた。ブライトはぼんやりと構えていた銃を下ろした。 ……なんだ? どういう…ことなんだ? 「アムロ! 頼む! 後生だ…!」 シャアは、しばらく呼び続けていたが、やがてはたと口を噤んだ。ブライトの方をちらりとみやって、片手に握ったままの銃をゆっくりと持ち直す。ポッドの開閉ボタンを押してスーツを着たままのアムロのヘルメットに、銃口を押し当てた。 「な……アムロ!?」 理解に苦しむシャアの行動にブライトは二の句が継げない。とっさに再び銃を構えそうになったがかろうじてこらえて、一度、深呼吸した。覚悟を決めて両手を挙げてみせる。 「アムロは……生きているのか? まだ生きてるんだろう?」 「……ブライト…引いてくれ、見逃して欲しい……」 シャアは抑揚のない声で呟くように嘆願した。 「ネオ・ジオン総帥であるシャア・アズナブルは死んだ。このまま見なかったことにして……私とアムロを……シャトルまで行かせてくれ……」 でなければアムロを殺して君も殺す。シャアは低く宣言した。だがアムロに向けられた銃身は遠くから見ても明らかに判るほど震えていて、およそ撃てるとはブライトには思えなかった。 ────撃てない。 この男にはアムロは殺せない。俺を殺して自分も死ぬつもりなんだろう。 「……そのままシャトルに乗せて、アムロは保つのか?」 ぎくり。シャアの肩が酷く揺らいだ。 「…ブライト……引いてくれ…頼む…時間がない……」 「落ち着け、今にも息絶えそうな重体の人間をシャトルにそのまま乗せられる訳がないだろう。アムロを……殺したくないなら……」 用心深く数歩、進み出た。腰の銃をシャアに投げてやる。目の前に漂ってきた銃を、シャアはむしろあっけにとられた顔で見た。 「私だって、アムロを助けられるものなら是非そうしたい。貴様のことは二の次だ。……アクシズは地球から離れたのだからな」 何を言っているんだ。ブライトは自分で自分を罵った。いくら友人が目の前で死にかけているからといって、ネオ・ジオン総帥をみすみす見逃すようなことをこの俺がしていいと思っているのか? だが、言葉は勝手に次を紡いだ。 「応急手当くらいはさせろ。酸素室くらいはあるだろう? 信用ならなかったら貴様は勝手に銃でも構えていればいい! だがアムロは見殺しにはできんな!」 シャアが返答を迷っている間に、ブライトはさっさとラー・カイラムに通信を入れた。 「私だ、艦長だ。医師を一人、アクシズに寄越せ。私の位置はそちらで確認できるな? ……あ? アムロか? あいつは見つからなかったよ」 「ブライト…」 「なんで医師がって? 莫迦か貴様らは。怪我人を見つけたからに決まっているだろう! できるだけのことをしてやらんと気分が悪いからな!」 言うだけ言ってブライトは通信を切った。シャアは、アムロから銃を離していた。 「…聞いて、答えてくれるとは思えないが。アムロを共に連れていってどうするつもりだ? アムロは人質としては多分まったく役に立たんぞ」 ブライトの言葉に、シャアはため息のように微笑った。 「どうもせんよ。ただ…」 何か、優しい声で呟こうとしたがやめてしまう。代わりに、傍に漂っているブライトの銃を掴んでアムロの脇に置いた。 「ネオ・ジオン総帥であるシャア・アズナブルは死んだのだよ」 「図々しい言い振りだな」 「なんとでも罵って構わんさ。……ネオ・ジオン艦隊は?」 「連邦軍がほとんど取り押さえてある。1〜2隻は遁走したがな」 そうか、とどこか吹っ切れたようにまた微笑った。かちり、と銃の安全弁をはめる。そうして銃を元の場所に収めたシャアは、自分の立場がどれほど危ういかなぞ気にも留めない様子で、穏やかにコントロールパネルに向かって歩き出した。 「……ブライト艦長。ホントに、いいんスか?」 ブリッジの者がひとり、心配そうに尋ねてきた。ブライトは艦長席に泰然と座ったまま、難しい顔をして腕を組んでいる。 「艦長」 「構わん、撃て。……ちゃんと粉々になるように直撃させろよ」 ラー・カイラムの主砲が狙っているのは、傷だらけのνガンダムだった。 実はその影にササビーのポッドもあるのだが、あとでネオ・ジオンの残党にあさられると困るので一緒に撃ち抜く計算だ。直せばまだ使えるMSだろうともったいながる人間もいたが、どのみちアムロでなければ使いこなせないニュータイプ専用機。そのアムロが死んでしまったのに連邦本部に接収されるのは面白くない、とブライトは信じられないような我が儘を言い出したのだ。 アクシズからは、さきほど小さなシャトルが射出された。連邦軍の関係者がロンド・ベル艦隊より一足早く地球におりるから、とブライトは連邦本部に連絡をいれてやった。もちろん、その中には実は生きているアムロとシャアが乗っている。 (…これでアムロが助からなかったら絶対居場所を探して今度こそ殺してやるぞ……ったく、シャアめ……) ここまで手伝ってやることはなかったかな、と甚だ不愉快な気分になりながらも、どうしても放っておけなかった。まあ、地球に降りてからどうやって身を隠すのかは向こうが勝手にやるだろう。 「アムロだって、くそ憎たらしい連邦なんぞに愛機を持っていかれたくはないさ。戦闘中に壊れたということにしておいて、我々の手で葬ってやった方がよほどいい」 ブライトの無茶な要求を、けれど誰も反対しなかった。アムロが死んだと聞いて皆消沈していたのだ。ブライトもきっと悲しみに混乱しているに違いない、と決めつけていたのだろう。 「発射准備整いました」 「よし、撃て!」 眩しい光の束がほっそりとした白い機体を貫いた。ブライトは瞑目した。 自分で言い出したこととはいえ(仕方のない目くらましとはいえ)、アムロを殺したみたいで非常に気分は良くなかった。哀れな破片がそこら中にまき散らされてMSのシルエットが影も形もなくなるまで、ブライトは目を開けなかった。 <午後のニュースをお届けします。先ほど入った最新情報によりますと、ネオ・ジオン総帥のMS、本人ともに消息不明、生存は絶望的との見解…………> ピピ、と、音量を少し上げて、カミーユはカップに入ったコーヒーを一気に飲み干した。小さなアパートメントの一室。ファが台所に立って洗い物をしている。 「莫迦だな……クワトロ大尉……」 カミーユはぼんやりと呟いた。ニュースキャスターが、脇のスクリーンに映った大きな静止画像の総帥をときどき見ながら、ネオ・ジオン艦隊が連邦政府に全面降伏したこと、幹部の何人かが禁固刑に処されることなどを淡々と語り続けていた。 カミーユは、画面から目を離さずにファを呼んだ。 「……ファ。クワトロ大尉、死んだってさ」 「そう……」 二人とも、どうしてもシャアのことをクワトロ大尉としか呼べなかった。 彼らの脳裏に残るのは、シャアではなくクワトロなのだ。だから、彼が地球を寒冷化しようとアクシズを落とす宣言をしたときも、なんだかずっと実感が湧かなかった。ラサにフィフス・ルナが墜落して初めて、彼が本気で地球を潰したがっていることが判って怖かった。辛い、と思った。 ファも、カミーユも、一晩中泣いたのだ。 「ねえ、アムロさんは? ニュースでは何と言ってるの?」 ファの言葉に、カミーユはゆるゆると首を振る。 「まだ詳しいことは報道されてない。でも……ゆうべものすごい色のオーロラが空を包んだの、ファも見たろ?」 「……ええ」 「俺、あれ見たとき、アムロさんがクワトロ大尉のこと、連れてっちゃったんだなって実感したんだ……」 ファは顔色を変えた。カミーユに詰め寄る。 「カミーユ、それって!」 「…まだ死んだって決まったわけじゃないさ。判ってる。報道だってホントかどうか怪しいしな。だからクワトロ大尉だって百%死んだって信じたわけじゃない。ただ、あのオーロラ見たとき、なんていうのかな、……すごく胸の奥が突かれたっていうか……寂しくて切なかった。だから…」 ファには、カミーユの言いたいことが何となく判った。ファも、オーロラを見ながら知らず涙をこぼしていたのだ。 「……なあ、ファ。旅行に行かないか?」 カミーユは突然調子を変えて言った。ふふ、と皮肉っぽい笑いを浮かべて窓を指さす。 「地球を出たがって大騒ぎだった連中を見ながらさ、北欧にでも行こうよ。スコットランドとかでもいいな。シャトルは無理でも輸送船がわんさか行き来してるんだ。船なら行けるよ、何処か違う景色を見に行こう」 ファは最初呆れたが、カミーユの笑顔に救われたように一緒に笑った。うん、と頷いて。 「もう隕石は落ちてこないものね」 (2001.7.1) |