その後のジュドーの説明で、自分が何処でどんな目に遭ったかはだいたい理解した。
この時間的にはカミーユはZと共に富士山麓に墜落したことになっているらしい。だがZを
回収し終えてみたら、Zの装甲にかなり旧型のミサイルの断片が多数突き刺さっていたので、
単なる「墜落」ではなく「撃墜」ではないかとロンド・ベルの面々は判断したようだ。
ただ、Zが哨戒していた時間帯には、富士山麓一帯に敵影はなく、もちろんミノフスキー濃
度はゼロに近かった。レーダーは非常に鮮やかだったそうだ。
敵影か。そんなもの映る訳がない。カミーユは乾いた笑いを浮かべた。
(…俺を撃ち落としたのは7年前の連邦軍なんだ。レーダーには映らないよ。Zが7年前には
レーダーに映らなかったみたいにさ)
墜落したZを捜し出してくれたのはアムロのνだとジュドーは言った。Zの識別信号が突然
樹海のまっただなかでぷっつりと切れた、との報告を受けたラー・カイラムはあわてて捜索隊
を出したのだ。その中で、まるで知っていたみたいに真っ先にZを見つけたのはνに乗るアム
ロだった。
「もーすっげえのアムロ大尉! まだ煙吹いてるZん中に飛び込んでお前のこと引きずり出し
たらしいぜ? 感謝しとけよカミーユ? 大尉まであっちこっち火傷とかしちゃってさ、もー
真っ青になってわめいたりして…俺あんな大尉初めてみちゃったぜ」
「アムロ…さん…怪我したのか? 俺のせいで?」
神妙な声音で尋ね返すカミーユに、ジュドーは「あわわ」と狼狽えて口を押さえた。
多分口止めでもされていたのかもしれない。
「かっかすり傷って本人も言ってたけどな! おまえの方がよっぽどひでえぜ! あ、いや、
早く良くなるといいな、カミーユ」
「…カミーユ!」
シュッ、と医務室の扉が開いてアムロが飛び込んできた。懐かしい青い軍服(ロンド・ベル
に配属されてからの、だ)に身を包む、ほっそりと小柄な青年。…懐かしい、その面立ち。
「目が覚めたって? 具合は? カミーユ?」
アムロだ。23歳の、懐かしい、良く知っているアムロ。
…俺が助けてあげられなかったアムロ…7年も経ってやっと、今そこに立っている…。
「アムロ…さん…」
呟いた。そうしたらもう、涙がどっと溢れてきた。どうしようもなく切なかった。
「あ、あ、あれ? カミーユ? どうしたんだ? そっそんなに痛いのか?」
わたわたと駆け寄ってカミーユの側にしゃがみこむ。よしよし、と青い髪を撫でてやってア
ムロは一生懸命な笑顔を見せた。ジュドーには軽くウインクをしてみせる。なんとなく気まず
くなったジュドーはアムロにちょこっと会釈だけして、これ幸いと外に出ていった。
「良かった。目が覚めて。心配したんだぞ。まさかカミーユに限って撃墜されるなんて思って
もいなかったから…ホントに目が覚めてくれて良かったよ…」
アムロに優しく撫でられ、カミーユはひたすらに泣いた。声を押し殺し、アムロの服の端を
きつくきつく握りしめて離さないまま。
後から駆けつけたファが、カミーユにいろんなことを尋ねたりもしたのだが、結局カミーユ
は無言で押し通した。こんな、非科学的な、辛くて甘い出来事を他人に話すことなんてできや
しない。また、何人もの仲間たちがカミーユを案じて見舞いにやってきてくれたが、彼らにも
カミーユは、墜落の前後はまったく覚えていないと言い張った。皆、それで一応は納得してく
れたらしかった。
カミーユの寝るベッドは、外来用の臨時診療室の隣にある入院部屋だった。元気が取り柄の
若手メンバー揃いであるロンド・ベル一行に入院患者なぞは滅多にでないので、広い部屋は今
カミーユひとりの貸し切りとなっている。数日はファが頻繁に看護してくれた。いつもだった
ら彼女とは些細なことで言い争いになったりするのだが、流石に今回は殊勝に過ごしているら
しい。…というよりもカミーユには彼女と口げんかをする気力がなかったのだ。
「じゃ、あたしこの洗濯物持ってくわ。またあとでね」
「ん」
ファが洗濯物を抱えて部屋を出ると、ちょうどラー・カイラム副艦長が廊下の曲がり角から
姿を現したところだった。ファは嬉しそうに挨拶する。アムロもにこやかに応じた。
「カミーユは元気?」
この驚異的に多忙な副艦長は、カミーユが寝込んでから今日まで、一日も見舞いを欠かさな
い。今日も煮詰まったスケジュールを強引に空けてやってきたのだろう、片手には書類の束が
抱えられたままである。
「ええ、怪我ももう大分いいみたいです。じゃ、私洗濯してきますのでアムロさんはゆっくり
してって下さいね」
「ありがとう。ご苦労様、ファ」
ぽんぽん、とファの頭を叩いて彼女が立ち去るのを見守ってから、アムロは慎重にノックし
て、部屋を訪れた。
「カミーユ。俺、だけど、いいかな」
控えめなノックと、それに続く穏やかな声。
「アムロ…さんッ?」
ああそうか、そういえばそろそろこの人の来てくれる時間だっけ。
カミーユはあわてて膝元に置いていたノートPCを片づけた。「どうぞ」と努めて明るく応
えると、赤毛の頭がひょっこり扉から覗く。いつもの青い制服姿はじっくりと眺める度どうも
細いなあこの人、と心配にさえなる。
「どうかな、今日は具合は」
アムロはかちり、と音がするまで穏やかに扉を閉めてからカミーユのすぐ脇まで歩み寄って
きた。添え付けの椅子にちょんと座って、にこりと笑う。その柔らかな笑顔に救われる気持ち
で、カミーユも笑顔になった。
「平気です。明後日くらいからもう出歩いてもいいって言われました」
「そうか、良かった…」
しばらく沈黙が横たわった。優しい沈黙だった。カミーユはぼんやりとその静けさに浸りな
がら、もう遠い日々のような少年アムロとの出逢いを思い出していた。
懐かしい、もう二度と逢えない過去のアムロ。
(アムロ…)
ところが、胸の内で熱く呟いたその言葉に、当のアムロが「なに?」と返事を返してきた。
「え?」
「え、じゃないよ、呼んだろう?」
「ウソっ俺ッ…口に出してました??」
酷くあわてふためくカミーユに、アムロは軽く笑ってみせる。ちょこっと自分の頭を指さし
てみせながら。
「口に出すよりずっとはっきりくっきり聞こえるんだよ、カミーユの声って」
「…あ。あー、えぇ??」
そうか! 16歳のときにあれほど完璧なNT感応ができていたのだから、今だってできな
い訳がないのだ! カミーユはますますあわてふためいた。よりにもよってアムロ当人に隠し
立てがきかないとは。
「…カミーユは、ずっと、目が覚める直前くらいからずっと俺のことを呼んでたよね」
「……」
答える言葉もなくカミーユは項垂れた。アムロはそんなカミーユの手に己の手を重ねた。
「俺には、その呼び声は聞こえても、カミーユの心の中までは覗けないよ。だから言ってくれ
なきゃ判らないことだらけなんだ」
「…アムロさん、…俺…」
「俺はねえ…俺の気のせいなのかな、カミーユに、君に呼ばれる度に何かとても大事なことを
思い出すような気分で一杯になるんだ。気のせいかもしれないけれどね」
初めてカミーユに会ったときから、そうだったよ。アムロはそう言って微かに笑った。びっ
くりして顔を上げる。そのアムロの表情が16歳のときの笑顔に重なって見えて、カミーユは
息をのんでいだ。
「7年間も軟禁されててさ、何度もこんなとこ逃げ出してやるって思ってて…でも、今この艦
に居て、あそこで過ごした日々だって無駄じゃないよな、って思えるようになったんだ。そう
でなきゃ出逢ってなかった沢山の人たちと出逢えて…」
例えばカミーユに、ね。アムロはまたふわりと笑う。
「アムロ…さん…」
「だから、君が俺のことを呼ぶのも、同じような気持ちで居てくれたのかなって…そう勝手に
解釈しちゃってたんだけど…」
「あ、アムロさんッ! あのッ!」
カミーユは自分の手の上に置かれた温かな手を逆にぎゅっと取った。つい力任せにぐいと引
き寄せて。ほんの少しだけカミーユより背の高い年上の副艦長は、黙って大人しく従ってくれ
た。
「あのッ…俺ッ…実は…」
なんと言葉を選んでよいか、カミーユは戸惑いながらも必死で続けようとした。だが、青い
綺麗な瞳がじっと優しく見つめてくれて、とてつもなく胸が満ち足りていく。
今は、もう、説明も言い訳も要らなかった。
あの時守れなかった小さな手が、今ここにある。今なら全身全霊をかけて、守ってやれる。
──だから、だから!
二人の唇が近づき合い、触れ合った。一旦重なったそれらはまるで堰を切ったかのように互
いを求め、何度も何度も熱く吐息を混じり合わせた。それこそ息が切れるまで。
「あのね、俺、貴方を…守りたい…んです…ずっと、ずっと」
アムロは、照れたように笑った。
「それは俺の台詞なんだけどなあ…」
「そんなことないですよ、だって貴方、危なっかしいし」
ああそうだ、とカミーユは呟いた。アムロには返さなければならないものがあったんだ。
「あとで、お金、返しますね」
「へ、お金? 貸してたっけ?」
「いいから!」
そうして、カミーユはもう一度熱烈なキスを開始した。何か言おうとしていたアムロの口をた
やすく塞ぎ、より一層きつく抱き寄せた。
かたん、とデスク脇の小さな棚にある写真立てが倒れた音に、アムロはもぞもぞとシーツの中
から頭を出した。本来の部屋の主であるカミーユはすやすやと眠っている。
あんなところに写真なんかあったっけ、と今更ながら気が付いたアムロは、カミーユを起こさ
ないように気を付けながらベッドからするりと降り立った。そばにひっかけてあった上着だけを
羽織って倒れた写真立ての側まで行き、それを直してやるついでに薄明かりにそれを翳した。
冗談みたいに真っ青な空に、白い奇妙なシルエット。日付が80年になっている。
(……???)
へんなトリック写真だな、と思った。だが、その不思議な光景はアムロの脳裏に直接、強烈に
灼き込まれた。懐かしいような痛いようなえもいわれぬ感覚が突如襲ってきた。
「…ッ…??」
なんだろう、いったい。不審に思いながらも、写真を元の場所に戻す。空調口からの風がそば
に放ってあったカミーユのブラウスに当たって、その袖口がどうやら写真を倒したようだった。
アムロが服をクロゼットに戻す音に、部屋の主も目を覚ました。
「…どーしたんです? 眠れないんですか?」
「ん? ああ、空調の風が強すぎたみたいでさ」
ベッドに戻ると、カミーユがすかさずアムロを腕の中に抱き込む。怪我はすっかり良くなった
ようで、それ自体はとても喜ばしいことなんだけど、とアムロは苦笑いをした。
「…元気だなあ…」
「それだけが取り柄ですから」
今、とても、とても大切なことを思い出したような気がしたんだけれど。
アムロはぼんやりと思索に耽ろうとして、だが結局そういう訳にはいかなかった。ただ、目を
閉じる前にもう一度だけ写真の方をみやって不思議な感慨をつかの間、確かめた。
2002.2.10 END
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