Air Pocket_2






                                          



 一緒には行けない、と断り続けるアムロの腕をかなり無理矢理引いて、結局カミーユはZ
のところまで戻ってきた。アムロも、多分精一杯力を込めれば振り払える筈の手に引かれて
流されるように歩いた。どうするのが一番いいか、判断に迷ったのだろう。
「これは貴方の…戦闘機?」
「ええ、そんなもんです」
 飛行形態のZを見ただけでは、アムロもそれがガンダム型のMSとは判らなかったらしく
別段驚きもしなかった。見たことのない機体だとは思っているのだろうが、あえてあまり深
く追求はしてこなかった。
 その代わりに、アムロはもう一度、「一緒には行けない」とカミーユに訴えた。
「…僕がこのジャブローから居なくなると、困る人が出るんです…」
 カミーユは、そこでようやくアムロの腕を離してやった。アムロはその場で立ち止まって
生真面目な表情でカミーユをみつめた。
「貴方は…そもそも誰なんですか? どうして僕のこと、知ってるんです?」
 カミーユは、言葉に詰まった。
 …もうそろそろ無視するのも限界である。目の前にいるアムロはまだ自分のことを知りも
しない過去のアムロで、よほど上手く事情を説明しないことには、自分はさっき殴り倒した
連邦のスケベな男よりも不審な輩だと思われてしまうだろう。
「…アムロさんのこと知らない人間なんて、地球にはそうそう居ないんじゃないですか?」
 精一杯穏やかな笑みをみせて、ようやくそれだけを答えた。だがアムロはまだ不審いっぱ
いの視線のままだった。
「貴方は信頼に足る誠実な人だって思います…でも僕は貴方の名前だって知らない」
<…貴方は…僕と同じニュータイプでしょう? 僕も、さっき貴方の声をはっきり聞きまし
た。今言った言葉が嘘だってことくらいは僕にだって判る>
 同時に心の声で言われて、カミーユはどきっとした。恐ろしいほどクリアに聞こえた。な
るほど、この時点でアムロはほぼ覚醒しきっているニュータイプなのだ。自分のように弾み
でしか心を開けない自分と違って、完璧に意思の力で疎通を図れる。
 それにしても、まったく嘘の通用しない相手というのは或る意味ひどくやりにくいもので
ある。
「誠実、なんて人から言われるのは初めてです…俺はただ目の前しか見えないだけです」
<…嘘なんてついてません、確かに言わないでおけたらいいなという部分はありますけど。
俺の事情は…すごく、説明し辛いんです…>
 試みに、自分も頭の中で答えを返してみた。多分アムロなら聞き取ってくれると思ったの
だ。案の定アムロはきつい目線をにわかに緩めてくれた。
「貴方がここから脱出したいというのなら…協力します。でも僕が同行するのは途中までで
す。それでもいいならご一緒します」
 カミーユは、その有り難い返答に頷いた。ともかくも一緒に来てくれるのなら、後からい
くらでも説得できる可能性がある。善は急げとばかりにコクピットハッチにとりつく。
「アムロさん。もし途中で連邦に捕まったら、俺ひとりが誘拐犯になればアムロさんも困ら
ないんじゃないんですか? そう言って構わないですから」
「そ、そんな…そういうのは無責任で僕はイヤです…」
「だって俺は所詮連邦の人間じゃないし、いいんですよ。アムロさんはどこまでも真面目な
んですね。さぞかし上層部とも衝突するでしょ」
 図星だったらしい。ふと頬を押さえて気まずい顔をするアムロを見て、カミーユは軽い苦
笑をもらした。まったくこの人はこんな少年のときからこんななのか。
 コクピットのハッチを開けると、まずカミーユはアムロを先に押し込んだ。それから自分
も強引に中に入る。幼児を抱っこするみたいにアムロを抱え直して操縦席に収まってみたが
さすがにアムロくらいの年齢ではまるきり前が見えなかった。アムロがおたおたとカミーユ
の腕から逃れようとする。
「あ、あの…僕席の後ろに回ってます…」
「そうか…そうですね」
 カミーユは諦めて手をほどく。一旦手を離したら何故か突然、今自分のしでかしたことが
恥ずかしくなって顔が真っ赤になった。俯きそうになるところを必死で耐えて、冷静な振り
をする。
 ところで問題は本当にここから出られるのか、ということだ。
「…ねえアムロさん。聞きたいんですけど」
 カミーユはアムロを振り向かないままで尋ねた。
「俺、実はここにどうやって入ってきたか、判らないんです。ここって出口、どこなんです
か?」
 やっぱりね。とアムロは微かな笑い声をたてた。優しい感じだった。空気があたたかくな
っていくような感じがして、カミーユは訳もなく幸せになる。
「そんなことじゃないかと思ってたんです。…ジャブローは完全地下基地なので港口まで出
ないと地上には出られません」
「えっ…」
 カミーユの焦った声に、アムロは被せるように付け足した。
「…普通なら、ね。でもMSがあれば地下水脈を辿ってアマゾン河に出られますよ。多分、
ちょっとした警戒網をくぐることにはなると思いますけど」
 そこまで聞いて、カミーユは心底ほっとした声でため息。アムロの言葉からは、おそらく
何処かでどうにかMSを調達して、という意味合いも含まれていたのだろうが、その点にお
いてはまったく心配無用だ。だって今自分たちが乗っているのはZなんだから。
「なんだ。よかった…そういうことなら話は早いですよ」
 Zの起動スイッチを入れ、モニタを立ち上げる。全天周スクリーンは8割ほどが生きてい
て、周囲の地形確認くらいなら問題はなさそうだった。アムロが唖然としながら、自分の周
りに映し出された映像を見ている。そういえば、7年前にはこんな全天周型のスクリーンな
んてなかった筈だった。
「す…凄い…こんな技術が…何処に…」
「言っときますけど、俺はジオンでもないですからね。全然関係ない団体です」
 まさかその団体に7年後の貴方が入ってますよ、とは言えないのでそれっきり黙って、バ
ーニアを噴かした。砂地にめり込んだ機体を持ち上げると慎重に垂直上昇し、適度な高さで
安定。アムロにもう一度尋ねる。
「地下水脈の方向は?」
「え、ここからだと大体南西に10キロくらいですけど…MSは?」
「それは心配ないです。10キロくらい、ですね」
 失速しない程度の控えめな速度で、Zは加速した。
 なにしろレーダーがほとんど死んでいるので、方位磁針と速度メーターだけが頼りだ。前
世紀にだってこんな目隠し状態みたいな飛行をやらかす人間はそうそういないよな、といっ
そ面白くなっていて、カミーユはくすくす笑い出した。



 失速しない程度、とはいっても通常の飛行機などよりずっと速いZだ。直線にしておよそ
十数キロの距離を、実際には網の目のように走る曲がりくねった道を辿りながらそれでもた
かが数分で地下水脈らしい巨大な地底湖に出合う。
「…これ、ですね? アムロさん」
「あ。はい…あの…」
 アムロは、なんだか言いにくそうにもごもごしながら、にょっと頭を前に出してきた。
「なんですか?」
「あの、ええと…すいません。その「アムロさん」ていうの、やめませんか?」
 なんだか年上の人に、そうやってさんづけされるのって慣れなくて、恥ずかしいです。そ
う言われてカミーユはずっとアムロ相手に自然と敬語を使っていたことに気が付いた。
「あ、あー…ううん…そ、そうですね…でもじゃあ中尉とでも…」
「それはもっと恥ずかしいです…」
 カミーユも、中尉だなんて呼びにくいしな、と微苦笑した。敢えて呼ぶなら大尉だろうけ
ど、でも今目の前にいるアムロはまだ大尉じゃなくて。
「呼びつけてくれて、構いません。僕の方が若輩ですし…」
 ぷっ。と吹き出してしまう。若輩だって!
<俺ならたった一歳違いの相手にそんな殊勝なこときっと、言えなかったな>
「…じゃあ、アムロさん…アムロが敬語をやめてくれたら、俺も敬語をやめますよ」
 そういって、Zを飛行形態からMS形態へと空中で変形させた。中からで良く見えなくて
も何が起こったかは判ったらしい。アムロは唖然としてカミーユをみやった。
「い、今のって…これって…MSに変形するんですか!!??」
「ほら。敬語」
 カミーユはまた質問をはぐらかして、からかうようにウインクした。アムロはぱた、と口
元を手で押さえる。ちょっとむっつりしてみせて。
「…さっきから僕の質問にはちっとも答えてくれない…」
「答えにくい質問ばかりするからだよ。事情が面倒で説明し辛いって言ったろう」
 Zは重たい地響きを立てて地面に両足をつけた。水の中に一歩、進み出る。
「これ…水の中、大丈夫なの?」
「Zは宇宙用だから水くらいどうってことないさ」
「…Zって、いうんだ、この可変型MS」
 Zはゆっくりと水中に身を沈めていく。なかなかに透明度の高い水だった。
「あ、うん。Zガン………」
 はっとカミーユは口を閉ざした。アムロが途端に不審そうな顔になったが、極力気にしな
い振りをして視線を逸らす。ガンダムだなんて単語はやっぱりまずいだろう。
「ねえ。せめてこのくらい答えて欲しいんだけど」
 アムロはカミーユの腕に自分の手をかけた。操縦に邪魔になる程ではなかったが、いきな
り触れられてカミーユはどぎまぎしてしまう。直接身体が触れると、思考、になる手前の曖
昧な感情の波が流れ込んでくるのだ。
 アムロのは、本当にいつも、柔らかくて心地良かった。
「名前くらい教えてくれないかな。僕、貴方のこと何て呼べばいい?」
 カミーユはちょっとためらったが、やや置いてため息のように答えた。
 確かにこのくらいは、答えたい。
「俺は…カミーユ」
 名前にはコンプレックスがあるので(最近は随分落ち着いてきたが)、少し棘のある言い
方をしてしまった。だがアムロはそれに気付いているのかいないのか、穏やかに頷いた。
「ありがとう。…いい名前だね」



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