Air Pocket_6






                                          



 カミーユは、アムロを外に待たせて解体屋(…のような場所)で交渉の最中だった。
 実は二人が街に入ってまもなく、大通りにちらほらと連邦の制服をみかけたのだ。基地か
らは遠いはず、とたかをくくっていたのだがもしかしたら意外と近くに駐屯地でもあるのか
もしれない(どこの基地の部隊かは判らないが)。まずは「足」を確保した方がいい、と判
断し、なるべく安く手に入る乗り物を探しにきたのであった。
 アムロは交渉の間の見張りとして店の戸口で立っていたのだが、懐かしくも意外な人影を
見つけてつい大声を上げてしまった。見間違いでなければかつてのWBでの仲間の…。
「…カイさん!!?」
 小さな写真屋から出てきた人影はアムロの声に驚いて振り向いた。やっぱり間違いではな
かった。カイだ。
「おま、おまえ…アムロォ?」
 向こうも心底意外そうな顔になって慌てて小走りにやってくる。見通しの悪い小道だった
があんまり目立つと具合が悪いだろうとアムロは物陰に手招きした。カイも周囲を窺いなが
らすぐに壁際に寄ってくれた。幸い分解途中のバギーやプチ・モビなど身を隠せそうなガラ
クタもどきは山のようにあちこち積んであった。
 改めて二人が互いの顔を確かめ合う。二人が共に戦った戦争からまだ一年は経っていない
筈なのに、もう十年も前のように感じた。痛みも苦しみ喜びも味わった時代は、遙かに遠く
過ぎ去っていた。
「…こんなところで会えるなんて思ってませんでした…」
 アムロが感慨深げに言うと、カイも軽く頭を振って皮肉っぽく笑う。
「そりゃこっちの台詞だよ。…元気そうじゃないか。おまえジャブローに勤務中じゃなかっ
たっけ?」
「あ。ええ、そのことなんですけど…」
 アムロは自分の今の状況をなるべく簡単に説明した。偶然知り合った少年と南米を脱出し
たこと。その少年が(何処にかは判らないが)帰れるまで同行していること。多分連邦が自
分を探し回っているだろうこと。それから、その少年を出来るだけ連邦から守り、逃がして
やりたいこと。
 大体話し終わったところでやっとカイは口を開いた。
「…はぁん。で、おまえは連邦から抜け出るつもりはあんのか?」
 アムロはため息をもらす。それが難しい問題なのだ。連邦は好きではないがだからといっ
て反旗を翻すほどの謀反心はない。未だに反目するジオン勢力に荷担するのもまっぴらだ。
第三勢力を作る政治力はアムロにある訳もない。
「抜けられたらいいなとは思いますけど…無理なんじゃないですか?」
「無理って…おまえ、人事みたいに言うなよな…」
 カイが呆れて肩を竦めた。アムロは諦めたように笑ってみせる。
「どうせ何処にいったって僕の能力は戦争に使われるだけですよ。だったらまだジオンより
連邦の方がマシかなあって思うだけで。本当は何もしないでいられたら一番いいんですけど
そういう世の中じゃないですからね」
 はあ、とカイもため息をもらした。アムロの額を軽くこづいてたしなめる。
「人間諦めが肝心とはいうけどな。そういう諦めは一番良くないと思うぜ? やる気がなけ
りゃあな」
 俺みたいなへなちょこに説教されても納得いかねーと思うけどさ。とカイは笑って、胸の
ポケットから煙草を一本取り出した。ライターを、と探し始めた手をアムロがさしとめて苦
く笑う。
「…カイさん、未成年」
「おっと、説教返しか」
 ま、かたいこというなって、とアムロの手をやんわり押しのけてカイはライターを取り出
した。アムロはもう止めなかったが、さっき言われたカイの言葉が何度も脳裏でリフレイン
して重苦しい表情のままだった。
 カイは煙草に火を付けて一息吸うと、またもう一度アムロの額をこづいた。
「難しく考えんなよな。俺はお前が連邦を抜けたいっつーんなら協力してやってもいい、も
し今のままでいいっつんなら文句はいわねー、そんだけさ。でもいつまでも気にくわない団
体に所属するのも辛いだろ?」
「…なるたけいい方向に、とは思うんですけどね…」
「連邦そのものが、ってことならあと十年は待つかな? 悪い方向にって可能性の方が高い
と思うがよ…お前のいい方向に、考えろよ」
 アムロはやっと含みなく笑った。有り難う、という笑み。
「…僕はジャブローに戻ってもいいんですよね、ちょっとむかつく上役はいるけど…そんな
に酷い環境じゃない…と思う。別に拘禁されてる訳でもなし、優しい人もいるし」
 ただ今はとりあえずカミーユを無事に逃がしてあげるのが先決かな、と付け足した。カイ
は一息、長らく煙りを吐いた後に呟くように尋ねた。
「その、カミーユって子は何者なんだ?」
 アムロは「さあ」と困った風に首を傾げた。そう、そこも難点なのだ。
 まるで夢の中からやってきたかのように唐突に現れて、いきなり自分を助けてくれた。し
かもあろうことかそのまま攫ってここまで連れてきた。
 これほどに得体の知れない相手を、それでもアムロが一片の疑いもなく信じているのは彼
があまりにも一途に自分を思ってくれていることをその思念で十二分に感じられるからであ
る。酷くひたむきな、強くて激しくて脆い少年。
「…詳しい事情は聞いてないんですけど、カミーユは多分…連邦とは敵対しているんじゃな
くて関わり合いになりたくないだけなんじゃないかな、って。ジオンにもいい印象は持って
ないみたいだし、どうみても民間人なのに何であんな高性能のMSを持ってるのか…」
「MSなんてあんのか?」
「ええ、ゼータって言ってたかな。なんか懐かしい感じのするMSなんだけど…見たことも
ないような性能があって…」
 カイは、不意に背中が泡立つような戦慄に襲われた。
 あの、怪しい飛行物体はもしかしてアムロの言うMSの一部ではないのか? まさかとは
思うが写真に写りさえしなかった謎の戦闘機はその謎の少年のものでは?
 アムロは底抜けのお人好しだからもしかしたら騙されているだけで、実は何か(想像もつ
かない)ろくでもない悪事の為にアムロを利用しようとしていたら。いや、そもそも普通の
地球人ではなかったりしたら?
 実際、アタリア島には宇宙からの謎の物体が存在するというではないか。どこまで正しい
情報かは判らないが。
「…おい、アムロ」
 カイは声を一段低めた。吸いかけの煙草を地面に投げ捨てて踏み消す。
「そのカミーユって子、ホントに信用できんのか? つか、ちゃんとした「人間」か?」
「はあ??」
 心外きわまることを突然尋ねられ、アムロは驚くと同時に激しく憤慨した。そんな言われ
方をされるような人ではない筈だ!
「カミーユは信用できますよ! それにちゃんと人間ですよ! コロニー育ちだって言って
たけど…同じ人間です! 何言ってんですかカイさん!」
 凄い勢いで怒鳴られたのでさすがにカイはばつが悪くなって謝った。必死で怒るアムロを
なんとか抑える。
「わ、悪かったよ、一応確かめたんじゃねーか。ま、ニュータイプのお前が信用できるって
胸張るんなら大丈夫かな?」
「嫌味ですかそれ…」
「ははっンな訳ないだろ」
 笑ってごまかすカイの胸をまったくもう、と言いながら軽く叩いて、アムロは「そういえ
ばNTといえば」と真面目な顔になった。
「カミーユもニュータイプですよ。僕より強いんじゃないかな」
「…へえ?」
 アムロは更に話を続けようとしたが、その前に店のドアが開いて噂の本人が出てきた。カ
ミーユだ。交渉が上手くいかなかったらしく渋い表情だったが、アムロの目の前に見知らぬ
若い青年が居るのをみてにわかに目つきを鋭くした。
「あ、カミーユお帰り。どうだった?」
「すいません…別の店に行ってみようかと…、それより、あの…そっちの方は?」
 ちら、とカイに目をやってカミーユは極力穏やかに尋ねた。それでも睨み付けるかのよう
な厳しい視線は隠しようもなく、カイはふふんと鼻で笑う。直情な坊やだ、とすぐに判って
面白かったのだろう。
 アムロはあわててカイとカミーユとを交互に見ながら口添えした。
「あ、ごめん、紹介しなくちゃね。彼はカイさんっていうんだ。かつて一緒にWBで戦った
仲間の一人だよ、今は軍から身を引いてるけどね」
「WBの!」
 途端に、カミーユは殊勝な態度になった。アムロを助けてくれるかもしれない同志なら大
歓迎なのである。こちらから訪ねていきたかったところだから好都合だ。
「初めまして、俺はカミーユです」
「おう、名前はアムロから今聞いたよ。俺はカイ・シデン。赤貧のルポライターさ」
 二月くらい前からここらを住処にしてんだ、と皮肉っぽい笑いを浮かべてカイは言った。
そんな笑い方は何処か莫迦にされているようで、けれど不思議と腹は立たなかった。多分も
ともとこんな物言いの人なのだろう。
「こんなとこで立ち話もなんだしな、せまっくるしいけど俺の部屋、来る?」



 わざわざ裏路地をぬうようにしてカイはアムロとカミーユを小さな貸し部屋に案内した。
アパートとも言えない貧相な借家の、更に一間だけの部屋。他の住人はひとりも帰ってきて
いないようでほとんど貸し切り状態だったが。
「そういや、気付いてるだろうけどよ…連邦軍がこの街でうろつき出してるぜ? 多分おま
えたちの捜索じゃねーの?」
 アムロは頷いた。あまりこの街には長居できないようだ。
「…なるべく早くここを出ますよ」
「いや、返ってあんまり早く飛び出すと捕まる。少し余裕見てな。連中だって人ひとり探す
のにそんな大部隊は出せねー筈だし、メキシコシティは何しろでかい街だからな。そう簡単
にみつかりゃしないって」
「その割にはカイさんと良く会えましたよね、僕たち」
 ちゃかしたことをアムロが言うとカイもふん、と笑った。
「そりゃ日頃の行いの良さってヤツだろ?」
「悪運の間違いでしょ」
 そんな言い合いをぼんやりとカミーユは見ながら、なんとなく羨ましく感じてしまった。
 一年戦争を共に戦った仲間。自分の知らない時期のアムロを知っている人。
<…いいな。俺も、もっと早く生まれて…アムロと出会ってればよかった…>
 考えても無駄とは判っていても、愚痴らずにはいられない。悔しくてならない。どうして
生まれる時代を俺は間違えてしまったんだろう、もっと、もっと早く生まれてきたかったの
に、どうして。
 いっそ全部夢だったりもして、とカミーユは考えた。やっぱり時間を飛び越えるなんての
は幻想の産物で、本当の自分はベッドに瀕死状態で横たわっていて、死ぬまでの一瞬の間に
永いながい夢を見ている、とか。
<やだなあ、じゃあ俺、もうすぐ死ぬのか? 冗談!>
 それもSFもどきな話だ。時間跳躍よりはまだ現実的な気もしないでもないが、個人的に
この意見は却下したい。16歳のアムロは確かに実在していて、17の自分と出会っている
筈だ。そう信じたい。たとえいつ本当の時間に戻ってしまっても。
「…ニュー香港に行くか?」
 いきなりカイの口からそんな言葉が出て、カミーユははっと我に返った。
 なんだって? …香港?
「あそこからの民間シャトルが一番安いし本数もある。MSは重すぎて重力圏を脱出するに
はそれこそWB級の艦が居るがおまえたち二人だけなら宇宙にでれるだろ。手続きは俺が手
伝ってやるよ」
 アムロとカミーユは顔を見合わせた。宇宙…それは今まで念頭にもなかった。
「どっかジオンサイドのコロニーにでも転がり込んで1年くらい身をひそめてろよ。そした
ら少しは落ち着くだろ。ま。もしアムロが連邦を抜ける気があるんなら、だが」
 アムロとカミーユは一瞬だけ互いの顔をみあわせた後、弾かれたみたいに同時に違うこと
を叫んだ。
「そ、そこまでカイさんに迷惑かけられません!」
「あッあの、俺、Zを置き去りにして宇宙へあがる訳には…!」
 カイは眉をしかめて狼狽える少年たちをどうどうと押しとどめた。いきなり同時にわめか
れても聞き取れやしない、と手で制してまずアムロに繰り返しを促す。
「…えっと、だから…そんなに迷惑かけられないです。それにコロニーに行ったってどう生
活していいのか…」
「はーおまえ割と坊ちゃん育ちだったっけなー。ンなのは行ってから心配しろよ、どうにで
もなるって。あ、偽名くらい用意しろよな」
「で、でも僕…」
 カイはそれ以上は無視して今度はカミーユに続きを促した。カミーユは気まずい顔で、な
んとか怪しまれないような言葉を選ぶ。自分が未来の人間だとは、まだうち明けない方がい
いだろう。
「俺のZを…MSを置いたまま一年も二年も宇宙になんて出られません。あの、どう説明し
ていいか判らないんですけど、まずいんです。もったいないとかそういう意味じゃなくて、
Zは…俺が帰らなくちゃならない処へ帰るために、多分、いや、絶対、必要なんです。失う
訳にはいきません」
 それなりに言葉を選んだつもりだったが、やはりカイはあからさまに不審な顔つきになっ
た。じろり、と極めて厳しい目でカミーユを一瞥する。
「ふうん。じゃ、重たいMSかかえて地球上を永遠に逃げ回るつもりかい?」
「…そ、それは…」
 カイはアムロを親指でちょっと指し示してから、きつめに言った。
「おまえさんは軍に面も割れてない民間人だからいいけどな。アムロはこの時点で反逆者扱
いなんだぜ? とっつかまったらどーなるかくらい判るよな? 攫ってきたんならそれなり
の対策を練ってくれなきゃ困るってもんよ」
 痛いところを突かれてカミーユは黙る。
 そりゃあ自分のしでかしたことが恐ろしく無計画で無鉄砲だったことは認めなければなら
ない。でも、あの場でアムロを見捨てて自分だけ出ていくなんてことは絶対できなかったの
だ。…だいたい自分がどうやって帰るかも判らないのに。
「とにかくな、お前のMSはどーにかして隠すなりなんなりしとけ。物事には時期ってもん
がある。またほとぼりがさめたら一人で取りにくりゃいいだろ?」
「……」
 黙ってしまったカミーユを見てため息をもらしたカイは、不意にアムロを振り向いた。
「なーアムロ。ちょっとこいつと内緒話していい?」
「え…?」
「いーよな? 話がついたらアムロにも話すからよ。ちょっくら廊下に出ててくんない?」
 アムロは凄く不安げな表情になったが、こういうときにカイに反論しても無駄なのをよく
承知していた。あっさりと諦めて引き下がる。
「僕の身柄のこととかだったら勝手に決めないで下さいね」
「だーいじょうぶだいじょうぶ」







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