不承不承廊下に出ていったアムロを横目で見てから、カイは酷く油断のならない顔つきに
なってカミーユを睨み付けた。カミーユはその強い視線を甘んじて受けた。自分が怪しい人
物に見えることは重々判っているつもりである。
カイは、会話の切り出しをしばらく悩んだようだった。やや置いて、ごく小さな声でゆっ
くりと確かめるように質問した。
「…カミーユ、だったっけ? おまえさんのMSな、もしかしてコアファイターみたく切り
離して戦闘機になったりすんのか? 青と白の」
「見たんですか? Zを? いつ?」
カミーユがちょっと驚いたように返すと、「やっぱりか…」とカイは呆れたようにため息
なぞ零す。ごそごそとポケットから数枚の写真を出して。
「Zは切り離し型じゃなくて全体が飛行形態になるんです。完全可変式のMSです。青と白
の装甲で…なんですかこのトリック写真」
カミーユは一枚を手に取って妙な顔で検分した。カイはそんなカミーユの様子をかけらも
漏らさず観察していたが、カミーユがどうやら本気で不審がっていると納得したらしい。で
はこの少年には少なくとも謎の機体を使っているという自覚がないことになる。
「そいつは、おまえさんのZとやらを望遠レンズで撮影した写真だよ」
「……な、なんだって??」
さっとカミーユの顔色が変わった。この変わり方は少し不自然だった。カイは、一旦取り
のけたつもりのカミーユへの疑いを再び強めた。
意外なものを見た顔ではなかった、と思う。どちらかというとしまった、というような。
「昨日偶然みかけてな。俺は職業上カメラは手放さねーから、見慣れない戦闘機だと思って
試し撮りした。そしたらそーゆーできあがりだ。怪しさ大爆発、だろ?」
カミーユは、写真をじっと睨み付けた。あるべきはずの存在が白く切り抜かれた不可思議
なそれ。よく注意して見れば確かにZの輪郭をしている。
<そっか…俺は本来この時間にはいない人間だから…こういう風になっちゃうのか…>
機械のフィルタを通すと認識されない存在。だが何も映らない訳でもない。そこに確かに何
かが有るという証に白い闇が残る。時間を超えてカミーユは存在し、物理的には周りに影響
を与えることができる、という証明なのだ。
更に思索の糸をたぐり寄せる。ジャブロー基地から逃げるとき、やけにあっさりと脱出で
きたとは思わなかったか? 自動関知防衛システムも、すべてZが通り抜けた後にのろい追
尾ミサイルを撃ってきただけ。南米のジャングルを横断している間にどうして一度も狙われ
なかったのだろう。あれは、もしかして「Zがレーダーに映っていない」ということだった
のかもしれない。
「…俺のこと、いくら疑ってくれても構いません」
カミーユは観念してそう言った。
「詳しくは言えないけど、Zの基礎はガンダムです。そういう技術があるところから偶然、
ジャブローの中に落ちてしまったんです。写真に写らない理由はなんとなく想像つくんです
けど、実はそれを説明する訳にはいきません」
カイは大人しく聞いていることが出来なかった。思わず目を丸くしてつっこむ。
「が、ガンダム? ジャブローに落ちたって…なんだそりゃ?」
「ええと、…すいません、その状況は俺にもよく判らないんです。ただ、その、俺の帰ると
ころってのはシャトルとか艦とかじゃ通常行けないと思うんです…だからZだけは手放した
くない…」
カイは、神妙な顔でカミーユを穴が空くほどみつめた。
なんとなく自信なさそうに、ぽつりとひとこと。
「おまえ、宇宙人だったりする訳か?」
びっくりしてカミーユは瞬いた。…そうか、宇宙人か、そういう見方もありか…。
「生まれはサイド7です。一応まともな人間だと主張したいんですけどそれ以上詮索される
と困ります…」
とにかく、とカミーユは強調した。
「カイさんがアムロを大事に思うのは判るので、俺のこと疑うのはしょうがないです。でも
俺は断じて、アムロに…アムロさんに悪意があって攫ってきた訳じゃない、連邦の汚いやり
方に腹が立って、どうしてもアムロさんを助けてあげたかった。それだけなんです」
カイは、しばらく黙っていた。だが、さきほどまでの厳しい視線はいつのまにか嘘のよう
に和らいでいた。納得はしかねるものの、真摯な思いだけは理解してくれたらしい。
「判ったよ、…もう何もきかねーでおいてやるさ」
「…カイさん」
「しゃあねえな。コロニー行きは諦めるか。ま、地球は広いし…探しゃ隠れ家のひとつくら
いめっかるってもんよ」
廊下でちまっとしゃがみこんで待っていたアムロを呼び戻し、代わりにカイは二人を置い
て出ていった。後で話を、と言っていたくせに丸無視されてアムロはちょっと憤慨気味だ。
残ったカミーユに少々しつこく食い下がる。
「で、何の話が決まった訳? コロニーに行くの?」
「あ…コロニー行きは無し。やっぱもうちょっと時期をみた方がいいって。地球にだって隠
れるとこあるよ、大丈夫」
「大丈夫、じゃなくって! え、コロニーに行かなくなったの? そう言った?」
だいたい何の内緒話だったのさ、とむくれて詰め寄るとカミーユは苦笑して(カイが再び
写真をしまいこむところを思い出しながら)、Zについて細かく聞かれた、とだけ答えた。
「Zについて?」
「昨日、この街の上空をわりと低空でかすめたろ? そんときにカイさんがZを見たらしく
てさ。嘘ついてもしょうがないから、青と白の戦闘機だったらZだと思います、って言って
おいた」
「…へえ。…みかけてたんだ」
アムロはそれで落ち着いたようだ。もうしつこく質問責めにすることもなく、ちょっと暗
い表情で腕を組む。
「だったらカイさん以外にも何人もみかけたってことだよな。…じゃ、やっぱりあんまりこ
こには長居できないかも」
「そうだな…いっそアジアの方にでも移動しようか」
カミーユも頷いて、立ち上がった。なるべく早くZの元に戻った方がいい気がする。
「何処行くつもり? カミーユ」
「また別のジャンク屋探してみる、バイクの一台くらいなんとか譲ってもらうんだ」
「あ。わっ…ちょっと待って!」
アムロが止める前に、階下に降りていたカイがひょっこり戻ってきた。カミーユをさしお
さえる形で戸口の前に立ちふさがる。
「おまえらちょっとは休んでけよな。くたびれきった薄汚いカッコしちゃって」
「…薄汚くてすみませんでしたね! 半日樹海を歩いてきたんだからしょうがないでしょ」
そんな汚いかなあ、とのんきにカミーユの着せてくれた大きめの上着(まだ着ている)を
つまみあげているアムロをほっといて、カミーユは勢いよく言い返した。カイはくつくつと
笑ってそんなカミーユの肩をたたく。
「だから、休んでけって。まさかこんなおんぼろ部屋に即日捜索隊なんて入らねーよ」
「でも…」
尚も言いかけるカミーユに、カイはにやりと笑ってひとこと。
「足、探しに行くのか?」
まさしくその通りで、カミーユは仕方なく頷いた。カイが自信たっぷりに返す。
「そーだろーと思って今頼んどいたぜ。代金は出世払いで」
「しゅ、出世払い?」
「そのうち利息たっぷりつけて請求に行ってやるってこと。楽しみにしてな」
アムロたちがこの街を出たがっていることはカイにはもうお見通しだった。ZとかいうM
Sが写真に写らない謎の技術?で出来ているのなら、多分レーダーにも映らない筈だ。カイ
はさっさとそういう結論をつけていたのである。
「MSまで戻れりゃ北米大陸から出るのは楽だろ。上手く監視網を抜けろよ」
「あ、ありがとうございます」
アムロは戸惑いがちに、カミーユは心底嬉しそうに同時に礼を言う。カイはふふんと皮肉
げに笑って、「明日の朝にな」と付け加えた。これで今日ここで休ませてもらうことは決定
となった。
「とりあえずどっちからでもいいから下行ってシャワー使わせて貰え。そのままで俺のベッ
ドにはぜってーねかさないからな」
はあい、とアムロののんきな返事にカミーユがけらけらと笑った。
翌朝、アムロとカミーユはカイの貸してくれたおんぼろバイクに乗って市街を出た。
二人は何度も何度もカイに礼を言って、特に後ろに乗ったアムロなぞ見えなくなっても手
を振り続けた。
「…ところでさ、さっきカイさんに何か耳打ちされてたけど…何言われたの?」
アムロはエンジンの爆音に負けないほどの声で尋ねた。カミーユも負けずに大声で答えて
やる。
「あ、ああ。頑張れって言われただけだよ」
「ええ?」
まさかそんな一言のために内緒話をする訳はない、とアムロはちょっとむくれた。昨日か
らなんだか自分が蚊帳の外に居るみたいであんまりいい気分がしないのだ。
そんな不機嫌さがカミーユにも伝わったのだろう。カミーユはちょっと考えてから用心深
く言い足した。
「…アムロが、自分のことより他人のことばっかり心配するからってさ、俺に良く注意して
やってくれって。そんなこと、アムロの前で言えないだろ」
「…う、それは…その…」
カイは、カミーユに念を押したのだった。「決して手を離すな」と。
カミーユに対する不信感も少しはあったのだろう、だがまずなにより、せっかく連邦から
逃げてきたのなら逃げ切って欲しいとカイは祈っているのだ。
アムロは連邦に戻ることを厭わない。だから放っておいたらすぐに手を離してわざわざ檻
の中に戻っていってしまう。もしかしたら他の誰かのために。いとも容易く。
<…頼まれなくたって離すもんか。俺が居る限り、まだこの時間にいる限り、絶対>
カミーユは声を張り上げる代わりに、強い思念をいっしょくたにして呟いた。風に紛れて
普通なら聞こえないだろう声をアムロは受け止める。
「俺はさ、アムロ。何度も繰り返すけど連邦は辞めた方がいいよ。ホントに。だって絶対に
アムロが不幸になるだけだもんな」
アムロは答えなかった。カミーユはしばらく黙ってからまた続けた。
「不幸になるって判ってるのに、放っておけないよ…俺は納得いかないよ…」
市街地はとうに走り抜けて、辺りの景色は広々とした畑ばかりになっている。もと来た森
はまだ小さな茂みのような大きさでしか見えなかった。アムロは、黙ってしばらくカミーユ
の背にしがみついていたが、ふと、何が気にかかったのか後方をかえりみた。
「アムロ、あのさ…」
<カミーユ>
アムロは完全に思念だけで答えた。いきなり雰囲気まで変わって、カミーユはぎくりとグ
リップを強めに握ってしまう。アムロの声はカミーユの頭の中だけで鮮やかに響いた。
<気のせいかもしれないけど…尾行られてるかもしれない>
<ウソッ!>
カミーユはとっさに速度を上げた。まっすぐ行くつもりだった広い道を斜めに折れて、畑
のあぜ道のような細い道を抜ける。目的の森まで続く木立の中に入って少し速度を緩めて、
どうやらアムロの警告が気のせいではないことがすぐに判明した。
市街地の方向から近づくバイクの影が見える。地元の人間ではない。この辺りは人家もも
はやなく、荷物も持たない通行人なぞあり得る訳もなかった。偵察だろう。
<僕が居るってバレたかな?>
<んーそうとは限らないけど…少年二人連れで人気のない方へ…てけっこう怪しく見えるか
ら…不審に思ってるだけかも>
「アムロ、ちょっと降りて、そこに隠れてて」
相手が一人と見て、カミーユは賭けに出た。木立から今度は街へ戻るように反対へ走る。
ちょうど問題のバイクとすれ違うと、乗っている男は僅かに狼狽えた様子を見せたが、さす
がにどうにかとりつくろった。カミーユはちょっとゆき過ぎてから止まり、男に声をかけて
やる。幸い辺りには人気はない。
「おじさん、ちょっと聞きたいんですけど」
男は少したじろいだようだったが、表面的にはいかにも人のいい中年風にみせかけた。に
こりと笑って返事をしてくる。
「なんだい?」
「マッキンリー・ビール工房って何処か知ってます? 青い屋根で煙突が三本ある建物だっ
て聞いたんだけどなんか全然家のないこんなことまで来ちゃって」
「…さ、さあ。おじさんは地元じゃないから判らないなあ…」
「僕も最近こっちに来たばかりで良く知らないんですよ。地図はあるんだけど困ったな、一
緒に見てくれません?」
カミーユは、男の側まで用心深く歩み寄った。ポケットを漁る振りをしてみせると男がの
ぞきこんでくる。
「…君、おじさんも君に少し聞きたいことがあるんだがね」
「え? あ、あったあった。これ」
小さな紙切れをつまみ出して差し出す…瞬間にすかさず鳩尾へ膝蹴りを入れた。
「ぐえッ!」
男がよろめいてしゃがみこむところに更に首の後ろへ肘打ちを一発。木立のほうへちら
と視線を向けるとアムロが遠くの木陰からそっと姿を現した。
「…ちゃんと気ぃ失ってるよな、よし」
「危ないことして…」
アムロはきょろきょろと辺りを見渡す。偵察が一人とは限らない。とりあえず見える範
囲ではだだっぴろい景色の中に人間は見あたらなかった。
「時間稼ぎだよ。Zまで戻れればなんとかなる。アムロ…俺こいつのバイクもらっちゃう
からアムロはそっちの使いな」
「発信器なんてついてないだろーね、そのバイク」
「壊す壊す、壊すのは得意だから」
無線を取り外して投げ捨て、その他オプション装備らしきものも大体壊して取ってしま
うカミーユに、呆れてアムロはため息をもらした。
「乱暴だなあ、もう」
「必要悪だよ。さ、急ごう! この分じゃすぐ追っ手が来る」
半日近くかけた行きの道のりを二人は1時間かけて戻った。偵察に放たれた者が倒され
たことに何らかの確証を得たらしい連邦軍北米支部はご大層にもMSを3機も追跡隊に導
入した。目的はアムロの救出(または逮捕)よりもむしろ、謎の機体Zの捕獲にむいてい
るようだった。二人はZに辿り着くまで見逃されていたのである。
だが、それを薄々感じ取っている二人も、逃げ場所はZしかなかった。
To be contenued...
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