「…急いで! 早く!」
人気のない筈の密林に、ZのではないMSのエンジン音が轟いている。もう大分近い。
「乗って!」
被せられていた迷彩カバーを乱暴にひっぺがし、投げ捨てるようにしてカミーユは乗り込
んだ。躊躇いがちなアムロに強い語調で呼びかける。アムロはまだどうにかしてカミーユだ
けでも逃がせないものかと色々画策しているようだった。カミーユは更に叫んだ。
「乗ってくれないと、俺、連邦の基地に襲撃かけるよ! 本気だからな!」
アムロは、とうとう諦めてハッチによじ登ってくる。カミーユは彼の手を掴んでひっぱり
上げて、座席の後ろにしゃがませた。
──そうさ、離すもんか! どんなことになったって俺は諦めない!
ごうっとZが唸りを上げて宙に浮かび上がる。迷彩柄の大きなカバーがぶわりと風圧で舞
いあがった。
<未確認飛行物体、目視発見! …や、やはりレーダーには映っておりません!>
<そ、そんな莫迦な! なんであんなにはっきり居るのに…!>
追跡を命じられた連邦軍のGM(ジム)が、小隊長機を先頭に密林へと分け入ってきた。
彼らは僚機と通信を交わしつつ、Zを包囲しようとライフルを手に走る。上空には更に2機
のコア・ブースター。
<捕獲しろ! 出来なければ破壊してもいい! とにかく足を止めろ!>
カミーユは、予想以上に多い追っ手の数に舌打ちした。Zのレーダーは死んだままで、こ
ちらも実は敵同様、戦闘を目視オンリーで切り抜けざるをえない。モニタも映らない箇所が
いくつかあって、複数との交戦に耐えうるとはとてもじゃないが思えなかった。
「カミーユ! 右!」
「うわっ!!」
アムロの声に、反射的にZを傾かせる。機体すれすれをビームがかすめ、カミーユはあわ
ててZをMS形態に変形させた。地上のGM3機を先に片づけるつもりだった。
「5機いっぺんに狙い撃ちされるなんて冗談じゃないよ!」
だが、臨戦態勢のカミーユにアムロは青くなった。逃げるためとはいえ、まがりなりにも
自分の所属している連邦を相手にカミーユを戦わせたくないのだ。下手に死人でも出たらも
うそれだけでカミーユはお尋ね者になってしまう。自分を誘拐だのなんだの、くらいなら後
でどうにか誤魔化しがきくだろうと思っていただけに、悲鳴のように叫んでしまった。
「だっダメだって! カミーユ! 戦っちゃダメだ!」
カミーユは耳元で叫ばれて、ぎょっと肩を竦めた。
「なんだよ、びっくりするなあ! 戦っちゃダメだなんて無茶言うなよ!」
「だって、ダメだよ! 本物のお尋ね者になるつもり?」
「今だって十分そうだろ? 何言ってんだよアムロ! そりゃ殺し合いは良くないって言い
たいアムロの気持ちも判るけどさ! こっちだって命かかってるんだぞ!」
狭いコクピット内で半ば怒鳴り合いながらも、カミーユは必死でZを動かす。一番近くに
居たGMの腕からライフルを蹴り飛ばすと、そのライフルを奪い取った。牽制のつもりで上
空めがけ、一発撃つ。
「また飛行形態になって逃げられないの!?」
「上空で待ちかまえてるあの2機の方が足が速いんだよ! Zはフルスピードの半分も出せ
ないんだ! それに使える武器もビームサーベルくらいっきりないし、こっちのGMを片づ
けとかないと…!」
上空からまたビームが降ってきた。だがカミーユが避けるまでもなく光の束は外れ、側の
木々を灼いただけでZにはダメージはない。何故これほど不正確なのか良く判らないまま、
カミーユは必死で森を走り、跳び抜けた。格闘戦を考慮してウェイブライダーになるのは止
めておいた。
「ね、ねえ、カミーユ! 僕を置いていってくれない?」
アムロはとっさに頼んだ。だが、カミーユはまったく取り合わない。当然だったが。
「まだそんなこと言うのかアムロ! イヤだって言ったろ!」
「でも、僕が今、生身で外に出れば、君を逃がすきっかけを作れるかも…」
「冗談言うなよな!! なんのためにここまでアムロを連れてきたと思ってんだ! 俺は諦
めないぞ! 絶対!」
カミーユの口調は断固として厳しいままだった。
戦闘中でそんな場合ではないと判っていたが、アムロはまた叫んだ。…叫ばずにはいられ
なかった。
「カミーユ! どうしてそんなに僕を逃がしたがるの? どうしてそんなに無茶してまで僕
を連れていこうとするの!? …君は誰なの!?」
瞬間、凄い衝撃が二人を襲った。
ちょうどそのころ。
メキシコシティから30キロほど離れた上空を、1機のヘリが飛んでいた。
「…おい、なんか向こうの方でドンパチやってるってよ、連邦軍」
「ウソッやべえよ! 流れ弾にでも当たったら…」
ヘリの操縦士はあわてて針路を変えようとしたが、それをすかさずひとりの男がさしとめ
た。コロニー公社関連の報道記者である。連邦への反発の強い一派に属している。
「ドンパチシーンなんて貴重な場面を見逃すことはないだろ? 俺らだって報道に命かけて
るんだぜ。かまわねえからもっと近くに寄れよ」
倒れ伏したZに、さきほどライフルを奪われたGMが突進してくる。
だが、Zはすぐさま反転して起きあがった。背後からも別の一機が駆けてくる様が、カミ
ーユの脳裏に直接視えた。ライフルの照準が無意識に合わせられた。
(…ソコヲ狙ッテ!)
(ここを狙えば!)
アムロの声と自分の声が重なる。永遠とも思えるコンマ一秒後、前方から飛びかかろうと
していたGMが足の付け根を撃ち抜かれて横転し、背後から駆けてきた一機もまた、振り向
いたZによって巧みな足払いをされ、やはり横転した。
「…ッ…」
アムロが真っ青な顔をして、座席の背もたれに震えながらしがみついている。どう抑えよ
うとしても、極限まで追いつめられた精神が生き抜く為の術を見つけだしてしまうのだ、と
いうことにアムロは絶望にも近い衝撃を受けているのだった。
戦うなと口先で言っておきながら、結局は他者に銃を向けさせてしまう!
「…アムロ」
とりあえず1機は再起不能とみて、Zはその場から離脱した。またジャンプを繰り返して
森林を駆ける。できるだけ柔らかい感情で、カミーユはアムロに話しかけた。
「助かったよ、サンキュ」
「…そんな…僕の力じゃなくてカミーユが…」
アムロは小さく首を振った。カミーユは笑った。
「俺、殺されたくないもん。だから、アムロが戦うなって言っても、ダメだよ。向こうだっ
て仕事で戦ってんだろーけど、そんなんで黙ってやられっぱなしになるつもりないから」
「でも」
「俺は殴られたら倍にして返す性格なんだ」
カミーユは、またしても3割近くがダメになってしまったモニタを睨み付けながら、さり
げなくアムロの手に触ってやった。かつて自分が初めて戦いというものに否応なく放り込ま
れたときの理不尽な気持ち。それを知っているからアムロの苦悩も痛いほど判る。
戦いたくないのに戦わなければならないときほど、イヤな気分はないのだ。
「…カミーユは…優しいね…」
何も言われなくても、アムロにもカミーユの気遣いは判った。そして、彼もまた、自分と
同じような理不尽さを感じてきた人間なのだと理解した。
だからなのだろうか、自分にこんなに必死になってくれるのは。
アムロが問うような視線をカミーユに向けると、カミーユは「ン?」と振り向く。
「…どうして、僕のことにそんなに一生懸命になってくれるのかな…」
訊いてはいけないことだとアムロには判っていた。でも、やっぱり訊かずにはいられなく
て、アムロはちょっと身を乗り出した。カミーユはため息をついていた。
「…俺はさ、ただ…」
「うん」
「アムロのことが…大切なんだ。理屈じゃなくて、出逢ったときから…初めて会ったときか
らそう思ってたんだ」
カミーユは、久しぶりにロンド・ベルのアムロを思いだしていた。頼りない風情の、けれ
ど実は誰よりも頼りになるエースパイロット。アムロ・レイ大尉。
初めて見た瞬間から、好きだと思った。空気とか、雰囲気とか、そういうのが全部。
「だから、助けてあげたいんだ。俺は…連邦軍なんかにアムロを渡したく…ないんだ」
言い終わってから、ちょっとだけ振り向いてアムロの顔を見た。アムロは目をまんまるに
して赤くなっていた。女の子みたいに照れてら、と思ったカミーユは、けれどその次の瞬間
自分の言葉がほとんど「一目惚れ」みたいな言い分だったことに気が付く。
(何を言ってるんだろう俺! 生真面目に好きだなんてさ!)
言った当人までにわかに照れが入って、かあっと頬を染めたカミーユは、必死でZの操縦
の方に気持ちを切り替えた。とにかく逃げおおせなければ話にもならないのだ。
「ええーっと、GMがまだ2機も残っていやがる…どうしようかな…」
同じく照れて真っ赤になっていたアムロは、ふと「あれ?」と呟いて虚空を見上げた。天
頂付近のモニタは2パネルほど死んでいて何も映っていなかったが、アムロはついと指をさ
しあげる。
「ヘリかな? 何か違うものが近くに入ってきてる」
「ン。あっこれか?」
ヤマカンで適当な方向をズームアップさせ表示させた。一機のヘリが戦場に紛れ込んでき
ていた。サイド6TV局、と側面にペイントが入っている。
「マスコミ関係だ…様子見に来たのか…」
カミーユは何か思いついたようだ。よし、となにやら不遜なかけ声をかけて。
「アムロ。頼むから俺のことを信じて、言う通りにしてくれないか」
カミーユは、アムロをZのマニュピレーター・ハンド(手)で丁寧に掴んだ。
近くを窺うように飛行し続けるヘリに良く見えるように、高々と差し上げてみせる。
<おいッ! 連邦軍! これを見てみろ!>
カミーユは軽く咳払いしてから、外部スピーカーの音量を最大にして声を張り上げた。
通信こそ巧く繋がらないが、一方的に声を聞かせるだけならこうして可能だ。アムロが少
ししおれた様子なのが可哀想だったが、カミーユは見て見ない振りをした。
(だって、こうでもしなきゃ、アムロが俺の共犯になっちゃうだろ!?)
ヘリが十分側に近づくのを見計らって、更に声を掛ける。
<それ以上近づいたらアムロ大尉…じゃなかった、中尉を殺すぞ! 攻撃するなよ! この
まま黙って見逃してくれたら大尉…あっいや、中尉は解放してやる!>
この逃げ口上が上手くいくとはあまり思っていなかった。だがマスコミに対してのデモン
ストレーションになればいい。そうすればアムロが共犯扱いにされる可能性は低くなる。多
分連邦側としては、アムロなぞ却ってどさくさ紛れに死んでくれれば、と思っているのだろ
うから、第三者の目のない場所で下手な交渉は出来なかったのだ。
<俺は連邦に盾突く気なんかない! ただちょっと間違ってジャブロー基地の中を飛行した
だけでなんで追われるのか納得いかないぞ! お前ら下がれよ! 基地に帰れ! これ以上
攻撃してきたら承知しないからな!>
連邦軍への効き目は抜群だった。コロニー公社のTV局のヘリが見ていると知って、2機
のGMは途端に動きを止める。万が一にも生放送なぞ入っていて、その中で失態を演じてし
まったら自分たちの首が即座に飛ぶことを彼らは知っているのである。
だが、TV局のヘリでは、カメラマンやヘリの操縦士が困惑しきったな会話を交わす。
「おい、なんか子供の声じゃないか。あれ」
「てゆーか…アムロ中尉って言ったか? アムロって1年戦争で連邦軍のエースって言われ
たガンダムの…?」
「チーフッ…それより見て下さいよ!コレ! あいつ…映ってません!」
「な、なんだって!?」
自分たちの目にははっきり映る、どことなく「ガンダム」に似た顔の青いMSが、カメラに
は何故か影ひとつとして映っていない。いったいどういうことだ、と泡をふかんばかりに叫
ぶ男。
「壊れてるんじゃないだろうな!」
「まさか! だって連邦のGMはちゃんとはっきり…」
「電波障害で…そんなアホなことあるか? ええいとにかく撮っとけ! 予備のカメラ!
あとで分析にかければなんか出るかもしれん!」
一方で、連邦軍はまさかTVカメラにまで映っていないとは思わず、とにかく下手な動
きはすまいとじりじり引き下がる様子を見せた。
<ど、どうします? 隊長…>
<…すこし待て…追跡を止めるわけにはいかん…>
連邦軍の動きが止まったと見たカミーユは、もう一度見せつけるようにMSの手を振って
みせた。アムロは黙って乱暴な風に身体中を揺さぶられていた。ここから自分が何を怒鳴っ
ても、誰にも何も聞こえないと判っているので黙って従うしかなかった。
(いよいよ窮地だなあ…これからどうしよう…)
アムロとしては、このまま自分を連れてカミーユが逃げ切れる筈がないと判っている。彼
がどう頑張ろうとも、結局自分たちは無力な少年でしかない。カミーユはカミーユの、自分
は自分の「収まるべき鞘」にいずれは収まるだろうとアムロは直感していたのだ。
ところが、Zがその手をコクピットに近づけたその時だった。
(…カミーユ!!! 後ろ!)
「──え…っ?」
To be contenued...
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