刃の行方






28:「夢のまま」の続編として  サガシャカ+シュラ×シャカ
(☆矢SS内サガシャカシリーズ)微エロ有り注意








 貪るような激しいキスをされた。幾度も、降りしきる雨のように。
(…どさくさに紛れて…)
 悔しさと恥ずかしさとが、ずっと後になってから甦る。シャカはつい無意識に唇を拭った。された
ことが嫌なのではなく、それを茫洋と受けてしまった自分のなし崩しな姿勢が嫌だった。
 更に問題なのは、キスが嫌ではない自分が居ることだ。
(…こういう…感情は得意ではないのだ…)
 シャカは制御不能な感情が湧き出すのを必死に堪えた。
 シュラはひとしきりキスの洗礼を降らせた後、別人のような甘い静かな声で「すまなかったな」と
囁き、シャカを解放してくれた。けれどじんわりと胸の奥に灯る不可思議な炎をシャカはもはや消す
術もなく、半ばやけのように豪奢なパーティー会場に分け入った。人混みにもまれ喧噪に身を委ねる
ことだけが、シャカの逃げ場だった。
 逃げている、と自覚していても、それはもうどうしようもないことだった。







「何を見ている?」
 青黒い闇に溶け込んだ夜の十二宮。その最上に位置する巨大な教皇宮の一角で、ぼんやりと小さな
窓から外を眺めるシャカに、教皇は面白そうに声を掛けた。
「別に、何も」
 シャカは普段目を閉じているが、教皇と逢っている間は大抵その青い目を開いていた。それは教皇
の動向を欠片も逃さず窺おうと常に緊張している為でもあり、また、情事の最中にうっかり蓄積した
小宇宙を解放したりしないように、でもあった。
 シャカは、さっきまでの情事の名残で火照った身体を少しでも冷やすべく、乾いた涼風を頬に当て
る。ふわりと弱いそれらが、今は優しく気持ちいい。
(…こうして、いつの間にか馴染んでいる。まるで、本物の娼婦だな、私は)
 人の持つ負の感情が、シャカは苦手だった。もはや拒否反応といっていい。
 嫉妬、憎しみ、哀しみ。…怒り。それらに出逢うたびにシャカは本能的に回避しようとして、結果
的に最も感情の衝突が少ない道を選んでいる。今回の場合は、教皇に対する疑惑と恥辱、という感情
だ。本来ならば一番最初に正面から向かい合うべきそれらの気持ちを、シャカは丸ごと棚上げして、
代わりに安息と快楽とを手に入れたのである。
 教皇の「暗闇」部分を自分には関わりのないものとして目を瞑り、今まで通り唯々諾々と彼に従う
ことにした。例えその身を捧げよと言われても、それで収まりがつくものなら、と諦め。
 疑うべきことを疑えずにいるのも、無意識にそういったマイナスの因子を排除する性質のためだっ
たろう。
「そうやって遠巻きにしても、まだ務めは終わっていないのだがな」
 おいで、と言われてシャカはひとつ、ため息を零す。逆らう気はなく、ただ疲れるなという漫然と
した気分で座っていた椅子から立ち上がる。
 教皇は相変わらずマスクをしたまま、キングサイズのベッド端に座ってシャカを迎えた。
(この方は、私を縛(いまし)めの為だけに抱いているのか。でなければ…)
 不意に不思議な感覚が芽生えてきて、シャカはあわててその感情を打ち切る。イヤだ。感情に振り
回されることなど、このシャカにはあってはならぬ。
 ──人が人として生まれ生きる以上、所謂感情の、マイナスの因子も無くてはならないものだ。だ
がそれらを実感として積み重ねるより前に、シャカは死と輪廻、という根源にまで一足飛びに辿り着
いてしまった。
 僅か6歳にして悟った「人の世の苦しみは決して絶えず、逃れることは出来ない」事実。
 故にシャカは感情を捨て去ることだけがもっとも悟りに近づけること、と解釈し、常にそれを実践
し続けてきたのだった。…その、つもりだった。
 けれど。
「ン……ッ」
 シャカの、軽く腰からかけて巻いてある布を教皇は一気に取り払う。生まれたままの一糸纏わぬ姿
にされ、正面から向かい合うようにして抱きかかえられたシャカはいつもながら羞恥に顔を紅く染め
た。教皇は、こうして素裸の自分をしばらく観賞するのが好みらしい。
「お前の身体は、無駄がなくて実に綺麗だな」
「…恐れ…入ります…」
 生真面目に返せば、くすくすと教皇は嬉しそうに耳元に囁きをくれる。
「それに、可愛いな。お前は…」
 そうして、巧みな指先が白い肌を丹念に探り出すと、やがてマトモなことは考えられなくなってい
く。これもまた、いつものパターンだった。






 次に山羊座と逢ったのは、あれから一ヶ月近く経った、勅命帰りだった。
 磨羯宮を通りかかる際、シャカは「通るぞ」と一言かけたのだ。どの宮を通る時にもシャカは一応
声だけはかける。例え返事がなくとも勿論そのまま押し通りはするが、それが礼儀だと思っていたし
他の黄金も程度の差こそあれ皆それなりに声くらいはかけた。
 シャカの、良く通る声が石造りの回廊に響いた直後、どたどたとあわてて駆ける物音がした。そう
遠くないプライベートエリアの方から宮の主が飛び出してきたのだろう。シャカは、まさか出迎えが
出るとは思わずややあっけにとられた風に待つ。
「…シャカ…」
 シュラはラフなTシャツにGパン姿という、至って身軽な姿だった。シャカの黄金聖衣姿を見て、
瞬時に勅命と判断したのか、少し緊迫した表情に改めて「お疲れ」と付け足す。
 シャカはつっけんどんとも取れる平坦な口調で返した。
「これから教皇宮に報告にあがる。わざわざ出迎えずとも黙って通してくれればいいものを」
「あ、ああ、そうだったな。すまん」
 まるでそんなことは思いもつかなかった、といった顔でシュラはたどたどしく謝った。シャカはそ
んな素振りを見て、微かにため息。彼が明らかに自分を意識しているのが、判る。
「反対側まで送ろう。久し振りだし」
 シュラの申し出に、シャカは眉をひそめた。
「久し振りも何も、この間の任務で逢ったではないか。もっと前には、一年近く逢わずにいたことも
あるだろうに」
「そ、そうか? いや、何となく、久し振りな気がしたんだ」
 シャカは更にため息。あの日、あんなに熱烈なキスをもらってしまったせいで多分お互いに気まず
くなっているのだ。
(お互い…?)
 …そう、他ならぬ自分がシュラに対してやや構えている。どきまぎと視線を絡ませてくる山羊座の
表情が、あの時と重なる気がして。
<───すまなかったな…>
 酷く甘い、優しい声。芯から痺れるような。
 謝るというよりは宥める口調のそれに、シャカはむしろ狼狽えた。いつもと違う夢の中みたいな場
の空気に酔ったのか、シュラはまるで強引な恋人のような振る舞いをした。
 しかも、自分はそれを拒まず受け入れていたのだ。
「…邪魔なら、やめておくが」
 シュラは、すかさずそう言い添えて、シャカの逃げ道まで用意してくれた。拒むなら拒んでもいい
と言外に言っているのだ。シャカは少し考えてから、やはり平坦な声音で返答した。
「通い慣れたこんな真っ直ぐな回廊に案内が要るとは思えぬが、君が歩きたいというのなら止める理
由はない。好きにするがいい」
 シュラはやや複雑そうな顔をしたが、拒まれなかっただけマシとばかりに頷き、歩き出した。シャ
カはゆっくりとそれに続いた。
 二人はそのまま無言で歩いた。ほどなく反対側の宮の出口に出る。鮮やかな陽光の中に進み出ると
シュラが眩しそうに黄金聖衣を纏ったシャカを見つめた。
「…シャカ。帰りにまたここを通ったら」
 シャカは生真面目に見つめ返す。あのキスにはどんな意味があった? どんなも何も、普通はキス
は愛情の表現だ。…肉体を交わすより先にする筈の…。
「茶でも一緒に飲まないか? たまにはお前と話がしてみたいんだが」
 この一ヶ月、逢わないでいた間にシュラはどんな気持ちを育てたのだろう。シャカはますます不可
思議な気分に陥った。
(まさか…気付かれたのだろうか…いや、そういう感じではないような…)
 シャカは、己の容姿が他人にどう映るのか、考えたことなどろくになかった。だから、よりにもよ
って「女の格好」をしている最中に身をすりよせたりしたら相手の男がどんな気分になるのか、想像
も出来なかったのだ。
 もっとも、それ自体はきっかけでしかない。シュラにとって今やシャカは「単なる同僚」ではなく
「現在最も気になる存在」だった。一旦気が付いてしまえば後は坂道を転がるよりも容易い感情移入
だった。もとからシャカは酷く中性的なのだ。
「…あいにく、聖衣姿で茶を飲みたいと思うほど酔狂ではない」
 シャカはきっぱりと言った。が、シュラがさっと表情を曇らせたその次の瞬間に、すかさず続く言
葉を投げかける。
「…なので、一旦処女宮に戻って平素な服に直したら、また来る。それでいいなら」
 言われた言葉を咀嚼するのに、ゆうに2秒はかかっていた。シュラは一度は曇らせた顔色を見る見
る明るくして、力強く頷いた。





 何故、申し出を受けたのか。シャカは自分でも不思議でならなかった。
 教皇への謁見が終わると、いつものように私室の方に連れ込まれ、聖衣を剥がされて思うさま貪ら
れる。心の隅ではまったく違うことを思いめぐらしながら。
 もともと抵抗もせず言われるがまま黙って抱かれるシャカであったから、教皇は思案げなシャカの
表情にもとりたてて文句も言わず、問いただすこともしなかった。
 その日は、昼間だったせいもあり、行為は一度で済んだ。浴場を使って行ってもいいと教皇は言っ
たが即座に断り、再び聖衣を纏うと何事もなかったかのようにシャカは教皇の間を退出する。身支度
は処女宮で整え直したかったのだ。
 磨羯宮で再度出迎えてくれたシュラを軽くあしらい、また来ると告げて処女宮まで降りる。自分の
宮でやっと一息ついて、湯を使い身体を丹念に清めた。キスマークの類は…一応ない。
(あの方が仮面を取ったときだけだ…酷い痕をつけられるのは…)
 教皇が仮面を取るときは、当然シャカの方が目隠しをされる。教皇はどうしても素顔をシャカに晒
したくないらしい。そうしてそんな日は決まっていつもの倍も激しいセックスを迫られた。思い出す
だけでぞくり、と震えが走る。
(…私は…それでも…諦めたのではなかったか…?)
 さきほど自分を出迎えたときに見せた山羊座の、あの、えもいわれぬ視線。
 まるで刃の切っ先に似た、鋭い眼光。決して敵意ではなく熱情でもって、しかし容赦なく鋭利な断
面を要求する、どこか無機質な感覚のそれ。
 シュラは、自分を見つめながら何かを推し量ろうとしている。自分自身の感情か、それともシャカ
の胸中か…。
 どちらにせよ、断固とした決断を迫られているのは確かなのだ。






 磨羯宮を、個人的な用向きで訪れるのは初めてだった。
 というより、そもそもシャカは、勅命以外で同じ黄金たちと行動を共にすることが無い。命令され
れば従うが、人の輪に入ろうともせずろくに口も聞かないので、周りは皆呆れて放置なのだ。
 だから、そのシャカがシュラの誘いに乗ったというだけでも快挙なのに、ましてマトモに会話を為
すというのはほとんど奇跡と言って良かったろう。
「…お前の好みを聞いておくのを忘れた。コーヒーと紅茶どちらにする?」
 出迎えた山羊座に私室にまで案内されて、開口一番にそう聞かれた。シャカは(彼にしてみれば非
常に珍しく)やんわりと笑んで「紅茶を」と答えてやる。なんとなく、無機質っぽいが冷たさも感じ
ない実直そうなこの山羊座の小宇宙を好ましく思えたのだ。
「判った。…コーヒーは嫌いか?」
「嫌いではないが、グリーク・コーヒーは濃い」
 シュラは、「俺もそう思う」と付け足して微かに笑い返す。窓際の簡素なテーブルまでシャカを連
れてくると一旦用意の為に姿を消した山羊座は、ほどなく中身の入ったティーセットを持って戻って
きた。
「砂糖は?」
 シュラの問いに、シャカはさらりと即答。
「要らぬ」
「甘いのはダメか?」
 繰り返されるのは、さりげない好みの探索であろう。
「いや…入っていても飲めるが。ギリシャ人の恐ろしい甘党には正直付いてゆけぬ」
「問題ない、俺はスペインの出だ」
 シュラが付け足すと、シャカは相変わらず単調な物言いで返す。
「別に君が甘党だと言った訳ではない」
 シュラは琥珀色の液体をカップに注ぎ、シャカに差し出した。シャカは礼ひとつ言わず当たり前の
ように受け取ってひとくち、喉を潤す。そういえば今日は急いで教皇宮を出てきたから、朝から何も
飲んでいないことに気が付いた。
「ああ、いや、判っている。そういえばインドのチャーイというシロモノも随分甘いと聞いたぞ」
 言いながらシュラは自分の分も注ぐ。
「蒸し風呂のような暑さの中では、少し甘すぎるくらい糖分をとらぬと身体が保たぬのだろう。もっ
ともチャイを頻繁に飲む習慣は私にはない」
「嫌いなのか?」
「煎れるのが面倒なだけだ。…たまには、飲む」
「そうか」
 シュラは不意に笑った。その笑みはあまり笑い慣れていない者が久々に笑うがごとくに少しひきつ
れてはいたが、酷く優しげにも見えた。
「お前を見ていると、まるで精霊か何かのように霞みばかり食って人間の食べるものには興味ないの
では、と思えるが、一応好みはあるのだな。安心した」
 なんだそれは、とシャカがさすがに反論しようとした時、唐突に長い腕が差し出される。
「…ッ…」
 しゃら、とまっすぐな白金の髪を指先で跳ね上げるようにして、シュラはシャカの頬から首筋を撫
でた。愛撫、としかいいようのない優しさで。
「…髪、濡れてるな。洗ったのか」
 シャカは、何か返答しようとして、…すぐに硬直した。シュラがずいっと身を寄せて唇をかすめた
のだ。何故か振り払おうという気さえ起こらず、ついばむようなキスを許した。
「…シュ…ラ」
 シュラは酷く真剣な面もちになっていた。
 まるで刃の切っ先のような眼光。睨まれている、というよりは、貫かれて縫い止められている気が
した。その真剣さが、鋭さが、シャカをその場に留め置いた。
「厭なら厭と先に言ってくれ。…ここに来てくれたことが、答えだと、思って…いいのか」
 シャカは、答えなかった。イエスともノーとも言わず、ただ項垂れる。シュラが焦れてもう一度キ
スをしようと顔を寄せると、シャカは不意に向き直って、ひたと目を開けた。
「シャカ」
 シャカは、再び降りてきた唇にそっと目を閉じ、また開ける。
 …自分は何をしようとしている? 教皇ではなくこの山羊座に身体を開くのか。命令でも取引でも
なくただ想いを確かめるために。
「…いいんだな。以降は待ったなしだぞ」
 シャカは、やはり答えなかった。その代わりに、すいとシュラの片手を取って、その指先に受諾の
口づけをしてみせた。




「ン…」
 ゆったりとしたキスから、貪るような、かみつくようなキスへ。
 唇から首筋へ、鎖骨を辿って下へ、下へ。
「く…ふ…」
 どさり、と勢い任せでその場に押し倒されたシャカは、愛撫の合間に「床は冷たい」と抗議した。
かろうじて隣りの、寝室まで辿り着く。
「軽いな…おまえ」
 僅かに苦笑して、シュラはシャカの服をはぎとった。服といっても大きな布を巻き付けた風のそれ
は腰紐をほどくだけであっけなく解ける。そのまま素肌にかぶりつこうとするシュラを制し、シャカ
はシュラのTシャツを脱ぐよう要求した。
「けっこう細かいのか? おまえって」
「…服を着たままは…いやだ」
 更に笑うシュラをやや睨んでみて、シャカは軽いため息。
 ああ…結局流されている。こうなるような、気がしていたのに。
(…でも、これが…単なる肉の欲求だとしても、命令されるよりは…いい…)
 そう考えて、シャカははたと気が付いた。教皇に抱かれている間、いつも感じていた違和感。嫌悪
感は初めのうちだけで快楽に身を任せるうちにやがて忘れたのに、奇妙な違和感だけはいつまでたっ
ても消えなかった。
(…あの方は…私を好きで抱いている訳ではない…あの方は私に屈辱を与え、命令を遵守させるため
だけに…抱いているのだ…)
 教皇を、嫌いな訳ではない。シャカは改めて自分の心の奥深くに閉じこめていた感情を思い出して
いた。
 教皇を、好きだったのだ。多分。ひそやかに尊敬し、敬愛していた。
 あの方が底知れぬ悪魔のような「何か」を身の内に飼っている(?)と知っても、いや、だからこ
そ一層善なる部分のあの方が好きだった。黙っていてくれ、これは自分との戦いなのだから、と言っ
てくれれば、そういう風に言ってくれれば、シャカはきっと従ったろうに。
「あ、あァ…ゥ…ッ!」
「シャ…カ…!!」
 何か、どこかで自分は間違ったのだろうか。シャカはぼんやりと過去を辿る。
 あの日あの時、教皇の間に自分が行かなければ。教皇が豹変し、髪の色まで変貌する様を知ってし
まわなければ。
 …いや、見てしまったことが問題なのではない。そういう考え方は非常に愚かだ。きっと自分は、
教皇にもっと、真っ向から対抗するべきだったのだ。たとえ一時、恥辱を味わおうとも、この身を諦
めのように売り払ってはならなかった。その後に何がどうなろうと、それが正しい道筋だった。
 …今からでは、もう遅すぎるだろうが。
「ン…ンッ! あ! アァッ!」
 やや慣れない風の、けれど優しいシュラの手。教皇とはまったく違ったその刺激にシャカは甘い喘
ぎを抑えきれない。なんだか、酷い泥沼に、関係のない筈の山羊座まで巻き込んだ気がしてシャカは
気まずかった。それでも、ここまできてしまって、肉体の欲望を今更封じ込める訳もなく。
 身体の芯を貫く彼の熱。浅ましく肉を共有する熟れた部分が湿った音をひっきりなしに漏らし、僅
かに残る理性をあざ笑っている。もっと狂ってしまえ、と。
「あ、あ、…シュ…ラ…ァッ…!!」
 自分で望んで抱かれている、という感情がシャカを酷く開放的にした。命令でも強制でもない、ま
して意地悪でもなく強姦ではない。欲しい、と大胆に手を伸ばしてきた山羊座をまるで切れ味のよい
刃物の切っ先のようだ、と思いながら不快感はなかった。
 いっそ、このままめちゃくちゃにして息の根を止めて欲しいくらいで。
「ひァ…ッ…! あ、ァ…ン、ン…ッ…」
「…っ…シャカ…!」
「アアァーー…ッ!!」
 ひときわ激しい波に、先にシュラの方が堪らず吐精する。その熱い飛沫が身の内に弾ける感触に、
シャカの白い肢体もびくりと撥ね上がり、あっけなく達して果てた。




 シュラは、間近で散らばる淡い金の髪を指先で弄ぶ。
(意外だ…素直で、可愛いじゃないか…)
 抱いてみれば思いがけず酷く従順な、乙女座。行為に慣れているのには始め驚いたが、多分そんな
ことだろうと、この間の時に予想はしていた。
 自分へすり寄ってくる猫みたいな仕草が明らかに「誰か」の手を想定していたから。
(…でも、誰だ…この…シャカに手出しできる人物なんて…)
 ふと考えを巡らし、胸の内をちりちりと危険な熱が灼く。どこの誰かは知らないが、一旦この俺が
手に入れたものをそう易々と手放すと思うか。相応しからぬ、或いはシャカの意に添わぬ輩なら、聖
剣で原型も留めず切り裂いてくれよう。
 そうとも。
 シュラはくすりと心中でのみ笑んだ。
(…手に入れたのだ。神に近い男とまで呼ばれたこの、乙女座を、俺は)
 まさか、その「神に最も近い」乙女座を抱き、調教しているのが教皇もとい双子座のサガとはまだ
知らず、シュラは手に入れた束の間の至福に浸る。
 シャカは、まるで猫のように傍らですやすやと眠り始めていた。



      2006/01/03