嫉妬





                                             

注意:
世にも珍しいロス×シャカ前提のリア×シャカです。かなり泥沼…げふげふ。
ダメそうな方はお願いですから無理せず今のうちに引き返しといて下さい。ご覧になった
後の苦情は一切うけつけませんホントに。当人もいわゆる気の迷いみたいなもんで。


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 その、青い美しい瞳を見た瞬間、落ちたと思った。
 一切が色を失った静寂の、死の世界で。その青はあまりにも鮮やかで吸い込まれそうなほど
澄んでいて。
 どこまでも堕ちていいと思った。本当に本気だった。







 黄泉への口が開いていた。
 生温かく、それでいてどこか薄ら寒い風が処女宮の回廊にゆるく渦巻いている。
「シャカ…?」
 アイオリアは、およそ普段の彼らしくない不安そうな低い声音で隣人を呼ばわった。いつも
この処女宮には柔らかな木漏れ日のような気配が満ちている筈で、それは主である乙女座の小
宇宙が常に宮全体を覆っているからで、今のようなどす黒い瘴気なぞ欠片も感じたことはなか
ったのだ。
「シャカ…まさか…?」
 隣人、とは控えめな表現とも言える。アイオリアにとって乙女座の聖闘士とは単なる同僚で
はなく唯一無二の大切な存在だった。もっとストレートに言うなら恋人を自負していた。そし
て乙女座の方からも獅子座を特別に想ってくれている、という自信もあった。男同士である障
害なぞ、なにほどのこともなかった。「結婚して子供を成す」という行為自体、聖闘士には無
縁の形式であったから。ただ、自分たちにはお互いの絆だけがあればよい。
「まさかハーデスが甦ったとでも…」
 愛おしい者が守護する宮に、滅び去ったはずの冥界の匂い。あまりそういった「超感覚」的
なものに殊更鈍い自分でさえ、この気配は忘れようもなかった。聖戦でしたたか味わい、そし
て女神の加護がなければ永久に彷徨うことになった、昏い地の底の匂いだ。
「……シャカ…」
 シャカの小宇宙は完全にその場から絶たれている。かつて彼が、聖戦の際に先陣切って死に
冥界へ旅立ったそのときの怒りと哀しみとがどっと甦った。忘れたくても忘れられない、アイ
オリアにとっては人生でふたつめの大きな心傷(トラウマ)だった。
 …ひとつめは兄の裏切りと死だ。それは逆に癒されつつあるのだが。
(おちつけ…ハーデスが甦ったという保証はない…それにアイツは…そもそも生きたまま冥界
を歩けるんじゃないか…何故冥界に用があるのかがわからんが…)
 処女宮内を、最大限の努力をもって注意深く観察して歩く。賊が入った様子もなければ、争
った形跡も、気配もなかった。冥界の匂いといえば巨蟹宮が馴染み深い。シャカ以外に、冥界
へ生きたまま入ることができる人物をアイオリアは思い出した。
(デスマスク…)
 少し頭を冷やして考えれば、シャカはごくたまに死者の道を辿って姿を消すことがあった。
そんなとき、シャカは決まって通常の倍も無口になり、いつもは閉じている目をぼんやりと開
けて物思いに耽るのだ。(目を開けるのはきっと小宇宙を最大限必要としたのだろう)
「シャカめ…おのずから直に黄泉への口を開いたとでもいうのか?」
 しかも処女宮からとは不用心にすぎる。ここは女神の聖なる神殿を護るための十二宮だとい
うのに。
「…ええい! わからん! シャカめ!」
 アイオリアは、不安と、恐怖と、苛立ちとでとうとう考えるのを放棄し、かわりに実力行使
に出ることにした。もし本当に(不安が的中して)非常事態だった場合に備え、とにかくまず
シャカを呼ぶことにしたのである。あらん限りの小宇宙を燃やして。
 もし、単に冥界を散歩している程度のことであるなら(理由は図り知れないが)自分が呼べ
ば必ず返答してくる。そして返答がなければ、シャカの身に何かが起こった、という訳だ。
 頼むから前者であってくれ、と祈るようにアイオリアは小宇宙を集中させ始めた。



「アイオロス」
 乙女座のシャカは、もう十三年も前に喪われてしまった、かつての射手座の聖闘士と有り得
ない再会を果たしていた。
 天には星も雲もなく、地には一片の草木もなく。ただ虚ろな風がなまぬるくどこまでもたゆ
とう荒涼とした世界。通常であれば死者のみが彷徨う昏き闇の底。
 ───冥界である。
「…シャカ、か? ああ随分大きくなったのだな…」
 アイオロスは感慨深げに乙女座をみやる。一瞬女性かとみまごうほどの美貌は内心少なから
ずこの射手座を動揺させた。十三年前は幼い少女のようだったシャカ。当時はやせっぽちで、
可愛らしくもただひたすらに頼りない風情だった彼。さぞ美人になるだろう(男のくせに)と
は思っていたが、実際に成熟したシャカは射手座の予想を遙かに上回って匂い立つ白い蓮の花
のようだった(男のくせに!)。
 シャカはおよそ彼らしくもなく不安そうな面もちでじっと青い目を相手に向けた。
「…貴方に…こんなところで…今になって逢えるとは…」
 シャカの言葉は、戸惑いばかりを伝えていた。アイオロスは十三年前聖域と女神に対し反逆
したとされてから(それは冤罪だと今では聖域中の誰もが知っているが)今の今まで、ただの
一度も冥界で彷徨う姿を見なかったのだ。
「そうだろうな、俺も、なんだかちょっとバカバカしいくらいだ」
 …いや、一度だけ逢った。シャカは緩く瞬いた。あの、嘆きの壁を砕くとき、アイオロスは
皆の前に姿を現した。思えばあの時だけが、唯一黄金が黄金としての存在意義を示せた瞬間で
あった。
「ずっと…探していたのに…」
 シャカがすがるような目でアイオロスを見ると、彼はちょっと痛ましいものを見るように苦
く笑ってみせた。
「そうか、おまえの八識を持ってしても、俺の魂を見つけることはできなかったのだな」
 シャカは冥界の入り口程度なら生きたまま自在に行き来できる。かって射手座の反逆を知っ
てから、シャカは幾度となく冥界で彼の姿を探し求めていた。死者が何も語らぬと判っていて
も、もしかしたらという一縷の望みで探さずにはいられなかった。
 結局、何か大いなる力で厳重に隠され、彼の姿を見ることは叶わなかったのだが。今このと
きになって改めて判る。…女神の加護だったのだろう。
「嘆きの壁で一目見たきり…もう、とっくに浄化され、神の世界へ行ってしまったのかと」
「エリシオンか? それは無理だな」
「…ッ…何故?」
「俺は現世に情念を遺しすぎた。今でも射手座の聖衣には俺の小宇宙が宿っている」
「では何故女神が我らを現世に戻してくださったときに、共におられなかったのか」
「その資格も、既にない。十三年という年月は、長すぎた」
 女神もそれをご存じだから、俺を外したのさ。そう言って射手座はまた苦笑した。シャカは
思わず一歩、近寄っていた。
 十三年前は天を仰ぐほど上にあった、彼の顔。それが今、そう変わりない眼前にある。それ
がなんとも言えず嬉しくて、しかし同時に切なくて、シャカはつい零した。
「私は、貴方こそが現世に真っ先に戻して頂けると思っていた。なのに」
 人の世の生と死を悟ったつもりのシャカにも、射手座の不在は心傷(トラウマ)だった。女
神が我ら黄金を慈しみ、また謝罪するために現世に呼び戻したことについては感謝もしようし
光栄とも思う(別に死ぬつもりでいたから死んだままでも良かったのだが)。しかし、射手座
だけは戻して欲しいと思っていたのだ。
 彼こそが喪われるべきではなかった。その彼を省いて、彼を殺したサガは甦らせる。サガに
とってむしろそれは責め苦ではないか、とシャカは内心憂慮したのだ。
 …だからといってそれを女神に進言することなどできない。かわりに、当人であるアイオロ
スに向かってシャカは切なく訴えた。
「貴方は戻るべきでした。いっそ、私がかわりに冥界に残っても良かったのです。その方が、
皆も、リア…アイオリアも」
「シャカ」
 たしなめるような口調は、十三年前となんら変わらない。
「むごいことを言ってくれるな。弟が、俺とおまえとが交換されて何を喜ぶというんだ。むし
ろそんなことになったら俺を殺すほど恨むだろうよ」
 優しい声音で、アイオロスは近づいてきたシャカの肩を撫で、頬も撫でた。聖衣を纏わず、
いつもの薄衣一枚のシャカの肉体はアイオロスの目から見てもひどく頼りない。
 アイオロスもまた、聖衣は纏っていなかった。どこにでもあるような、普通の服を着て、た
だ年齢だけが死んだ時からちゃんと十三年が経過していた。
「…弟が、お前を愛していることくらい、知ってる。お前も、アイオリアを好きだろう?」
「アイオロス…」
 シャカが、しかし真っ青な瞳でなおもアイオロスを見つめると、アイオロスは不意に落ち着
かない風情でそっぽをむいた。まるでこれ以上は耐えられない、という風に。
「…ロス」
「呼ぶな」
 低く呻くような声で言われてシャカは目だけを見開き、黙りこくる。アイオロスは痛みと喜
びとがないまぜになった複雑このうえない顔で笑った。シャカの頬をもう一度だけ撫で、感心
したようにため息。
「本当に、大きくなったな…できることなら、ずっと、生きて傍にいてやりたかったよ」
「それは私も同じです。アイオロス」
「違う、そういう意味じゃない」
「?」
 シャカが不思議そうに首を傾げると、アイオロスはまたさっきの複雑な笑みを零して、今度
はシャカの身体を強く自分の方に引き寄せた。そのまま勢いに任せて抱きしめる。
「お前を二人目の弟のように想っていた。大切な身内のように。…それは今でも変わりないと
誓う。…しかし、それでもお前は弟じゃない。弟のように愛した訳じゃ…ない」
「アイオロス」
「呼ぶなと言ったろう」
 更に唸るように言われ、シャカはまた黙りこくった。アイオロスは深いため息と共に、シャ
カの身体を抱きしめ直した。
 シャカは、伝わる熱のあつさにむしろ驚いた。どうして熱なぞ感じるのだろう。そもそも、
アイオロスは十五歳で死んだ筈なのにまるで二十歳をゆうに過ぎた成熟した男のように見える
のは気のせいなのか。
「俺のこの身体が、あの時から十年以上経っている風なのは、お前の願いなのか? それとも
俺自身の欲望のせいか?」
「願い…? よく、ぼう?」
 アイオロスは、シャカの途方にくれた声にようやく腕の力を緩めた。それでも腕の中の身体
を手放そうとはせず、シャカも、何故かまったく振り払おうという気は起きなかった。
「お前と弟とをあの時から何の問題もなく今まで育ててこれたなら、もしかしたらこんな気持
ちにはならなかったかも、しれん」
  ふ、と自嘲気味に笑って。
「…いや、育てたとしても、やはりきっといつか、こんな気持ちになったのだろうな…」
 こんなことなら、さっさと消滅していればよかったよ、とアイオロスが言うとシャカは懲り
ずに再び「アイオロス」と呼んでいた。アイオロスの、シャカを抱きしめる腕にもう一度、今
度はさきほどとはくらべようもない凄い力がかかった。
「お前が俺を呼ぶ度に、俺はどこかへ落ちていきそうな気分になる。どこまででも堕ちていい
という気さえ、する」
 ロス、と微かに零したシャカの声は実際には相手の唇に吸い取られた。
 シャカは目を見開いた。あまりの驚きに。



 誓って言うが、幼かった時のこの子に淫猥な欲望を抱いた覚えはない。決して。
 いわばシャカと自分とは今初めて「出逢った」のだ。だから「この子」を抱きたいと願うの
も今が初めてだ。落とされた、のだ。この子の瞳に、…存在に。
<十三年前、俺が死んだとき。俺の意識は俺自身の執念と女神の小宇宙によって射手座の聖衣
に宿った。まるで独立した生き物のように>
 聖戦を経てようやく本来の「死者」たる今の姿になっても、独立した意識は死者の制約を易
々ふみこえ、こうして生者のように振る舞える。現世に何らかの力を行使することもできる。
射手座の聖衣を使ってならば。
<…まるで、永久に怨霊でいろ、という女神の呪いのようだな>
 アイオロスは自嘲した。消滅を願ったこともあった。しかしさすがに十三年間女神をその魂
だけで守護し続けただけあって、心残りはいくらでもあった。この執念が朽ちるまで冥府を彷
徨いつつ聖域の行く末を見守っても良いかと思い直した。
 聖戦後、初めて意識的に射手座の聖衣に小宇宙を凝らして現世を見ようとしたのだ。そのと
きうっかりシャカに「見られた」のだが、まさか冥界まで追いかけてくるとは思わなかった。
 放っておいてくれればよかったものを。アイオロスは更に含み笑う。
 俺とお前は「出逢って」しまった。
 お前は自覚なく俺を虜にし、きっと俺はお前を捕らえてしまう。大抵のことが己の自由にな
るこの死者の世界で。
 もう、もはや現世に戻りたいとは思えない。
「俺は、…弟とお前を取り合いたくはない」
 このうえなく優しい声音で、アイオロスは呟いた。自らの身体の下にはシャカが居て、この
自分のとんでもない不埒な振る舞いにも声を殺して従っている。
 アイオロスは、自分が、おそらくは本来シャカの「恋人」であろう弟よりもシャカを自在に
することができると確信していた。そしてその確信は本物だった。
 シャカは、幼かった己を保護し愛してくれた唯一絶対の存在──「射手座」を拒むことなど
できはしない。誰よりも知っている、シャカはそういう性質を持っているのだ。
「俺が、弟に負けるとは思わない。むしろ、俺は弟を…殺してしまうだろう」
 青い瞳がぱちりとひとつまたたいて、ふたすじの涙がつたった。獅子への裏切りともいえる
行為を自分が容認している、という事実がなによりもシャカを呵んだ。
「昔から、弟は俺に良く似てた。性格とか、好みとか、そういうの全部、いやになるほど似て
たと思う。だからたまに街で好みの娘を見つけるたびに冗談みたいに思ったさ。いつか好きな
女ができても、弟には会わせまい。弟に女ができても殊更に会うまい。きっと、必ず奪い合っ
てしまうだろうから、ってな」
 だけどなシャカ。とアイオロスはあくまで優しく語りかける。シャカはもう何を言われても
頷くか、さもなければイヤイヤとかぶりを振るくらいしか、できなかったのだが。
「俺はもう死んでいるんだから、弟とお前を奪い合う必要はない。少なくとも現世では」
「……ロス…」
「生き返る必要など、ない。俺はこうして、俺の望みをここで叶える」
「ロス…ッ…」
「女神も便利な力を下さったものだ。俺が現世に戻れば必ず波乱を呼ぶと明察なさったのだろ
うな…なにしろ十三年間も死んでいたのだし」
 シャカは目も眩むような感覚に溺れて息もろくにつけない有様だった。伝わる熱も衝撃も生
きているときとなんら変わりなく(そもそもシャカは肉体ごと生きたまま冥界に在るのだから
当たり前なのだが)、むしろ倍も鋭敏になっている。アイオロスがそうしむけているのだろう
か。シャカは、幼かった自分を父親のように保護してくれた射手座がこんな仕打ちをしかけて
くるとは思いもせず、ただ驚くばかりだった。更に驚くのは、嫌悪感が何故か、まったくとい
っていいほど無かったことだった。
 こうして欲しかった訳じゃないのに、とシャカは繰り返し己に言い訳をする。
 こんな風にして欲しかった筈はない。アイオロスのことは、尊敬していた。愛してもいた。
けれど情愛じゃない。互いの肉を貪るような、こんな愛では。
「…どれほど言い訳をしてもいいよ。シャカ」
 まるでシャカの心中を読みとったかのようにアイオロスは微笑む。シャカは細い悲鳴をあげ
ていた。理性ではどんなに言い訳をしても、シャカの肉体はまぎれもなく喜びだけをアイオロ
スに伝えていた。アイオロスは口元に浮かべた柔和な微笑みを崩さず、しかし視線だけがおそ
ろしく剣呑な光を湛えていた。
 …烈しい、誰よりも一途で烈しい性質。それは射手座だった。
「お前のかわいい身体を適度に仕込んでくれた弟に、感謝するべきかな。…もっとも、お前を
愛おしいを思うたびに弟を百回は殺したいと思ってしまうが」
「ロス…も…許し…て…下さい…」
 シャカは切ない声で哀願した。自尊心の高いこの乙女座が、狩られた兎のように従順に喰ら
われるまま甘い声音でねだってくるのはこのうえない喜びだった。きっとこんなとき、獅子座
も、間違いなく同じ想いを抱くのだろう。
「ロス…」
 ああ、とアイオロスは笑みを深めた。
「お前はどこまでも俺を堕とそうというのだな…」



 アイオリアの苛烈な小宇宙は、微かではあったが冥界の底にまで届いた。シャカはその馴染
み深い気配にぎくりと肩を震わせる。獅子座への温かな気持ちと、それからそれを上回る罪悪
感に知らずよろめいた。
 アイオロスはぽん、とシャカの震える肩をたたいて押す。
「さあ、戻りなさい。ひとりで、戻れるだろう?」
 シャカは何も言わなかった。恨みと親しみとが入り交じった濡れた眼差しで、ただじっと射
手座を睨んだ。返答しないのはせめてもの抵抗で、本心ではシャカが射手座を拒み切れていな
いというなによりの証だった。アイオロスはその瞳に、またぞくりと産毛が逆立つような感覚
を味わった。
 …堕ちる。
「また、な、シャカ」
 それにも返答はなかった。肯定と受け取っていいんだな、とアイオロスは笑い、シャカを前
方に強く押し出した。数歩たたらを踏んだシャカの姿はやがて揺らぎ消え、生ある世界へと戻
っていった。それを見送って、射手座は僅かに目を細めた。
 弟への嫉妬で、身が燃え出しそうだった。




 処女宮へと戻ったシャカは、開口一番のアイオリアの怒鳴り声に迎えられた。
「おまえ! 何処へ行っていたのだ! 死人の匂いなぞぷんぷんさせて!」
「…何処へ、と言われても…そのままだが…」
 シャカは精一杯いつも通りに振る舞おうと答えたが、やはり少し声がかすれた。しかし獅子
は気付く様子もなく、シャカの外見を一生懸命観察して一応なんともないことを見てとるや、
にわかにほっとした笑顔になる。
「…ハーデスの手の者が残っていたらどうしようかと思ったが。なんともなさそうだな」
「すまぬ…」
 シャカは俯いて、必死に取り繕った。
「気になることがあって、久々に冥府の入り口を確かめに行ったのだ。なんでもない」
「ならばいいが…」
 獅子は頷いて、そのとき不意に「ん?」と首を傾げた。とても懐かしい小宇宙がシャカの回
りにとりまいている。
「…誰かと一緒に、居たのか? 黄金色の残滓が」
 ぎくり、と思わず大きく揺れそうになった肩を精一杯固定し、シャカは努めて穏やかに口を
開いた。アイオロスと共に居たことは、隠しておけることではない。その気配だけで誰にでも
判ることだ。
「実は…アイオロスに逢った」
「兄さんに!!? 本当か!?」
 途端目の色を変えて詰め寄ってくる獅子を、なんとか無難に押し流す。
「アイオロスには、現世に戻るつもりはない…らしい。彼さえその気なら、女神にも進言申し
あげようかと思ったのだが…」
 アイオリアは、兄への敬愛と喪われたその命にばかり気を取られ、シャカの微妙な表情にも
気付くことはなかった。告げられた内容は十分彼を落胆させるものであったし、シャカも落胆
する理由に思えたからである。
「そうか…」
「色々…説得はしてみたのだが…自然の摂理を曲げ女神にご無理を申しあげるのはどうしても
いやだ、と」
 獅子は神妙に頷いてみせた。アイオリアにとって兄は、今やその名前だけでも存在価値があ
り、生き返ってくるかどうか、とはまた別問題だった。今まで十三年間も居なかったのだ、そ
れほど寂しいとは実はあまり思わない。本音を言えば、ちゃんとゆっくり、話はしてみたいと
思うが。
 それに、と獅子は不意にシャカの面もちをみやる。
(シャカはきっと自覚していないが、兄さんへのシャカの憧憬の念は、正直嫉妬するくらいだ
からな…弟に生まれたことを何度悔やんだかしれんくらいだ)
 要するに、平和になった今となっては出来のいい兄は恋人の心を攫いかねない厄介な存在に
なるやもしれん、と獅子は心配しているのだ。死んだ兄まで牽制したいとは、我ながらひどい
独占欲だとも思う。実はあながち的はずれではない…のだが。
 シャカが、自分を想ってくれるのと同じように、兄を大切に想ってくれていたことを、獅子
は知っている。そしてシャカが、おそらく女神や教皇に対するのと同じくらい、兄には絶対服
従するのではないか、と。
 しかし、アイオリアはまずアイオロスの兄としての優しさを信じきっていた。シャカが兄に
気を取られることはあっても、その逆はない、と信じていたのだ。
 そう、信じたままでいられるなら、いっそ幸福であろうか。
「…まあ、しょうがない、女神も諦めなさったことを、今になって蒸し返しても仕方ないだろ
う、シャカ。…せめて俺の恨み言くらい、今度行ったら伝えてくれよ」
 俺はお前と違って生きたまま冥界に出入りなんてできないからな。獅子はそう言って苦笑し
てみせた。
 シャカははんなりとうすぐらく微笑み返し、「そのうちな」と答えた。











嫉妬ではなく「浮気」だろうこれは。兄弟で乙女取り合い最低。
サガシャカでのサガ→ロス兄(鬼畜)に置き換え最悪最低。獅子の最大のライバルは実は射手、
という萌えだったのだがなにもここまで鬼畜にせんでも…ごめん兄さんごめん!兄さん!
一番やってはいかん人を貶めてシマタ極刑でつ…もうほっといて好きにするから(投げやり)><