金色



 きらきらと、白金の光が行く手で待ちかまえていた。




 アイオリアは、前方に金の光を見つけると石段を登る足を少しだけ速めた。
 階段を上りきれば、処女宮。自身が守護する獅子宮の上隣であり、目下の処十二宮で最も
神に近い男と称される乙女座のシャカが存る。
 アイオリアは教皇からの勅命を果たした直後だった。まばゆい黄金聖衣を身につけたまま
この長い十二宮の石段を入り口から順に登るのはいつも面倒でならないのだが、自分の宮を
抜けて上の宮へと抜けるときだけ、この煩わしい作業も役得だ、と思える。何故ならそこで
は観賞するに価する隣人を間近にできるからだ。…例えば今日も。
 きらきらと、美しい光。ギリシアの真っ青な空にまるで冗談のように。
(金に換金できそうな勢いだな、アレは)
 ひとり呟いて、アイオリアは僅かに笑む。
 誰に対しても恐ろしくとっつきにくい、…というか奇天烈極まりない性格の乙女座聖闘士
だが、実のところ口や態度で示すほど冷たい性質ではない。
「…シャカ!」
 石段が最後の折り返しにかかったところで、光は明確なシルエットとなった。階段の最上
段に仁王立つ人影、宮の主だ。シャカのその長い金髪が、ちょうど陽射しの直撃を受けて、
本物の黄金細工のように光っている。
「久し振りだな!元気そうだ!」
 アイオリアは快活に手を振って、大声で挨拶した。された方はといえば呼びかけに返答も
せず、微動だにしない。
 アイオリアも慣れたもので、初めから返事なぞ期待もせずずんずん階段を上りきった。そ
うして傍に辿り着くと、数ヶ月ぶりに逢う同僚の姿をまじまじと観察。
 さきほどの、白金の光が今目の前に居る。しかも尋常でない美しさを伴って。
「…任務は完了したのだな」
 じっくりと眺められていることに気が付いているのかいないのか、いつも通り瞼を閉じた
まま、シャカは唐突に口を開いた。
「ああ。これから教皇の間へ報告へ行くところだ」
「そうか。ならば疾く行くがよい」
「勿論行くとも。ああそういえば」
 アイオリアはシャカのつっけんどんな物言いにも全く動じなかった。それどころかいきな
り手を伸ばし、シャカの長い金髪を一房つまみあげる。
 さすがのシャカも、これにはたじろいだ。ほんの僅か、だが。
「お前の髪がものすごく光っていたぞ、これで黄金聖衣でも纏っていたらもっと凄いことに
なったろうな」
「…そうか」
 シャカは一層抑揚のない声で応えた。表情にはまるきり出ていなかったが実は内心やや動
揺ぎみなのである。それでも振り払うに振り払えず、中途に固まったまま。
「しかし、聖衣を纏っていなくてもあれほど光るとは、お前の髪は黄金製か? いや白金…
というべきか」
「…もしそうならさぞ重たかろうな」
 不機嫌とも容認とも取れる微妙な顔つきで、それでもまだ手を離せと言わないシャカ。
 何故か、天上天下唯我独尊を地で行く筈のこの乙女座は、あまりにも直球性格な獅子に対
してはいつも調子を崩す。
「アイオリア。そういう君とて今の格好は眩しい」
「自分で纏っている分にはさほどではないのさ。判るだろ?」
「…」
 呆れたのか、返す言葉を失ったか、シャカが無言になった。それを単に肯定の意と取った
らしいアイオリアは上機嫌で更に続ける。聞く方が恥ずかしくなるような台詞を。
「お前の姿は本当に見応えがあって良いな。お前が光っているものだから、なんだか俺は心
底感動してしまった。お前はとてつもなく美しい」
 シャカは一瞬絶句した。
 ここで「そうだろう、感激して拝みたまえ」とは…答えない。普段の彼からすればむしろ
言わないのが不自然なくらいだが、実は、シャカは本気で誉められると逆に返答に窮するタ
イプなのだ。
「…何を抜かすかと思えば」
 シャカはゆるゆると目を開けた。あまりに驚いたのだろう。
 普段から第七感の鍛錬のため閉じているせいで、そのままでいることがクセになっている
彼だが、何も日常の全てにおいて目を閉じている訳ではない。真っ青な瞳が長い睫毛の影か
ら現れる様は、アイオリアでなくともその美しさに感動することだろう。
 …が、当の本人はとにかくもその際に、やっと相手の手を払いのけることに成功した。不
機嫌さを増した声で言い返す。
「君はときどき本当に理解に苦しむ」
 だが、言われたアイオリアは「そうかな?」とのんきそうだった。
「きれいなものをきれいと言って何が悪い。単純明快な感想だ。それに」
 アイオリアは酷く優しくシャカを見つめる。
 多分十二宮内で最も近く、最も長く関わってきたのがこの処女宮の主だった。いつもこの
「金の光」を目印のように思ってきた、と今更ながらアイオリアは気が付く。
 きれいな、淡い金色。殆ど銀に近いような、それでいて優しさのある色味が少しだけ溶け
込んだような光。アイオリアにとってシャカは存在自体がそんな光なのだ。
「向かう先に輝きがある、ただそれだけでほっとした気分になる。特に殺伐とした任務の後
だとな…。シャカ」
「ん」
 青い瞳を宝石のようだ、とアイオリアは思いながらも(安いハーレクイン小説の文句みた
いでちょっと癪だったが)付け足した。
「実のところは、出迎えてくれたのだろう?」
 青い宝石は2〜3度またたきした。否定の言葉は出てこなかった。
「…がしゃんがしゃんと大仰に昇ってくる黄金が居れば、一応何事かと確認するのが宮の守
護たるものの務めだからな。別に君のためではない」
「…うん、どんな理由でも構わんよ」
 せめても、と抵抗の言葉を吐けばアイオリアは頷く。シャカはまた黙った。
 獅子相手だとなかなか調子が出ない。何故なのだろう。
「……」
「外まで出迎えてくれたのは、お前だけだ。他の宮は、…といってもアルデバラン以外の宮
の主は皆不在だったがな、いままでのパターンからしてここから上の主たちが出迎えてくれ
るとも思えない」
 もともと黄金のメンバーは全員がひとつところに集まることなどない。主が不在の宮もあ
るし、通常任務では彼等は恐ろしく個人主義だった。宮が隣だったからといって、本来なら
行き来がある訳ではないのだ。
 しかもアイオリアは反逆者の弟、というレッテルが貼られた十数年前から、一部の人間に
こころよく思われていない。現在でこそ実力である程度の信頼を勝ち得てはいるが、それこ
そ幼少期にはつまはじきにされたりした。そんな中でたったひとり、かけらほども態度が変
わらなかったのはシャカだけだった。
「まあ…ミロ辺りはここらがテリトリーだから自分の宮に居るかな。…だがアイツは外まで
出迎えに来てくれるような殊勝な男じゃないだろう」
 シャカは、ちょっとふてたように視線をずらした。照れているらしい。傲岸不遜を絵に描
いたような男のくせに、とアイオリアは半ば呆れた。
 今、可愛いと思ってしまったではないか。
「…アイオリア。教皇の間に報告に行くのではなかったかね」
 シャカはようやく言った。もうそれしか話題がないと思ったらしい。
 アイオリアは苦笑。たまの逢瀬だというのに。
「行くとも。そんなに追い出したいとでかでか顔に書かないでもいいだろう」
「書いていない」
「書いてある」
「…そんな筈は…」
 アイオリアは再び笑った。今度は声を出して。
「判った判った。道草を食うなということだろう? 行くよ」
 シャカはため息のみで応える。落ち着きを取り戻す為再び目を閉じて。
 彼の言動に振り回されるようでは自分もまだ修行が足りぬ、と自戒しつつ。
「じゃあ…帰り際もう一度通るから、また後でな」
 アイオリアは、去り際にくしゃりとシャカの頭を撫でていった。他に見る者が居たら仰天
しそうな構図だが、またもシャカは抵抗のチャンスを逃していた。
 台風の目のような彼が自宮を立ち去るのを小宇宙で感じながら、シャカはようやっとひと
り、ゆったりとため息を落とす。無意識に撫でられた頭に手をやり、その指をなんとなく滑
らかな金糸の髪にからませながら。
 湧き出すものは、決して不愉快な感情ではなかった。




 アイオリアは、次の宮へ続く階段のところでふと振り返った。
 綺麗な金色だ。心からそう思う。
 この光を見るために十二の宮に居続けるのも、わりといい理由かもしれない。











初書りあしゃか。シャカ様がすげえ乙女ちっくできしょいかも。ぎゃびりーん!