仲間たち





                                             



 聖戦が終わり、十二宮のメンバーがおおよそ定位置に戻ったのはしばらく前のこと。
 残念ながら射手座のアイオロスは復活せず、本物の教皇であった筈の前牡羊座アリエスのシオンは
せっかくハーデスにもらった18歳のピチピチ(死語)な肉体が無くなり、元に戻ってしまったことを
厭ってか、やはり復活を望まなかった。またついでに言えば、前聖戦からのただひとりの生き残りと
なってしまった究極若返り・天秤座の童虎も五老峰から動かない。よって、聖衣こそ十二全てが揃っ
たが、面子としては空の宮がふたつ残る計算になる。 
 それでもサガが罪滅ぼしとして正式に教皇に任命され、また弟のカノンが繰り上がりのように双子
座を継いだこともなんとなく皆空気のように容易く受け入れられた。かつて女神不在の折は決してひ
とところに集まることのなかった黄金たちが、十二の宮にかなりの頻度で常駐するようになる。聖域
以外に確固とした住居をもっていても尚、だ。
 そうなると、今まで13年間も同僚で居ながら会話を成したことなぞ片手の指で収まる…否、むしろ
ちゃんと相向かって話したことなぞ一度もないくらいの勢いな顔ぶれが、今や相当な頻度で顔を合わ
せたりするのも、もはや必然であった。


 シュラは、まるで生きるか死ぬかの瀬戸際、な勢いの顔つきで十二宮の長いながい石段を歩く。
 別にこれから「十二宮突破」を図る訳ではない。むしろ彼は自宮から降りてきているのだが、それ
はともかく、根が真面目で思いこみのハゲシイ山羊座の彼は、かつて己が処女宮と、その主に向かっ
て聖闘士としてはあるまじき「アテナエクスクラメーション」を仕掛けたことを今でも尚、とてもと
ても悔いているのだ。よって、現世に戻ってきた自分のなすべき第一は、まずその罪を精算すべく、
当の本人(つまりシャカ)に許しを得ること!だったりする。
 復活してしばらくは、聖域内も喜び+興奮+ガレキの渦でてんやわんや、だったのでゆっくり詫び
を述べるヒマがなかったのだ。サガやカミュと共に一度は(戻ってすぐ)すまないとひとこと告げた
ものの、当のシャカがろくろく聞いていないのと、周りに人も多かったせいで、ちっとも謝った気が
しなかった。いろいろチャンスを探っていたが、今日こそは、という訳である。
(ううむ、そういえば俺はシャカと一対一で話すことなぞ…今まで一度たりと無かった気が…)
 昔、3度ほど処女宮を通過する際に顔を見たことならある。しかしシャカはいつも瞑想の最中で、
挨拶してもただひとこと「とおりたまえ」と言うきりで、やあ、とか、こんにちは、とか、とにかく
親しい(?)言葉は交わしたこともなかった。
 今日も、もしかしてそうだろうか。
(…いや、たとえそうだったとしても、それはそれ、きちんと詫びをいれねば…)
 シュラはため息まじりに目の前の処女宮…跡地をみやる。
 処女宮は、今時大戦でもっとも被害の大きい宮だった。それはそうであろう。サガが繰り出した渾
身の一撃(ギャラクシアンエクスプロージョン)でただでさえ半壊していたところへ、黄金同士でア
テナエクスクラメーションをぶつけあったりしたのだ。しかも建物内で。
 野外で一度ぶちかましたA.Eは美しかった広大な花園を根こそぎ荒野にしたし、ぶつかりあったA.E
はその場で弾けることはどうにか避けられたものの、処女宮をかんぷなきまでに粉々にし尽くして空
へと散った。ここ数日でようやく修理業者が(勿論聖域の御用達なので事情にも詳しいが、一応一般
人)入るようになり、少しはガレキの山も片づいている。
 そんなガレキの宮で、シャカは何をしているのだろうか。確か交流のあるらしい獅子座に誘われ、
処女宮が復活するまで獅子宮に共に暮らしているとは聞いていたが、実際降りてきてみれば、何故か
この処女宮から主の気配がする。
(ガレキの中で瞑想か…? まあいかにも彼らしいが…)
 さあ、何と言ってきりだそう。脳内で必死にシミュレーションしながらシュラはすたすたと小宇宙
を感じる方へと足を進めた。しばらくガレキの間を歩くと、崩れた柱の影にちらりと金色。多分シャ
カだろう。
「…シャカ。俺だ、カプリコーンのシュラだが…」
 言いながら近づいてぎょっとした。シャカは、薄衣一枚を適当に身体に巻き付けただけの(いつも
の)格好で、珍しくも座禅ではなく柱に寄りかかって肩で息をしていたのである。
「シャカ…??? どうした、具合でも…」
「シュラか。何用だ」
 シャカの声はいたって平静だった。苦しそうに見えたのは気のせいか。シュラは気を取り直して、
本来の目的を果たすべく必死で言葉を探した。
「いや、実は…お前に一度きちんと詫びておきたくてな…アテナエクスクラメーションのことで」
 シャカは、酷く億劫そうに体勢を整えた。
「何かと思えばまだ拘っているのかね。君は。いい加減にしたまえ」
 鼻先で笑いそうなくらいあっさりと言われて、シュラはちょっとむっとした。謝りにきて、多分こ
のシャカのことだからつっけんどんな物言いもしてくるだろうと少しは覚悟も決めてきたつもりだっ
たが、やはり少し辛い。
「同じことを二度もわざわざ。あれでは足りなかったのか」
 一度目を聞いていたのか、あれでも。シュラはやや驚きつつもなんとか返す。
「お前の耳には入っていなかったようなので…けじめをつけようと思ったのだ」
「あいにく私は眼を閉じてはいるが耳を閉じた気はない。君の謝罪は一度受け取った。二度以上は要
らぬ。これ以上掘り下げると私も君に詫びなければならなくなりそうだ」
 シュラは更に驚く。シャカが、自ら他人に詫びる、と?
 聞き間違いかもしれない。シュラは必死で食い下がる。
「何故お前が。というか、お前も罪悪感を感じているのか、あの闘いで」
 シャカはため息ひとつでその場にしゃがんだ。…というより立っていられなくなった、という感じ
に見えた。
「私はお前たちに一番卑怯な手段を選ばせた。…それを罪悪感というのならばそうであろう。…が、
君と違って私にはそれを悔いる気持ちはない。そうしなければならなかったからだ。…ただ君があま
りに悔いた顔でやってくると、私もそれを思い出してしまうではないか」
 言いながら、シャカは端正な顔を少ししかめた。実際に思い出したのかもしれない。
「君が私に詫びるようなことはなにひとつない。…それは、君自身の罪悪感であり、私がとやかく言
うべき問題ではない。だがもし、君が私に対して具体的な行動を欲し、かつそうでなければ救われな
いというのであれば、その場でひれ伏し私を拝みたまえ」
「………拝…めばいい、のか?」
 シャカは、不意に苦笑した。それは今までシュラが見たことのない部類の…シャカが浮かべたとも
思えない穏やかな優しい笑みだった。
「本気で救われたいと願うなら救ってやらぬでもない。…が、実際拝めと言って拝んでみせた者はひ
とりたりとて居なかったな。…つまりは、そういうことだ」
「…は?」
 シュラが不可解な顔でシャカをみつめる。シャカは更に続けた。
「聖闘士にとってはまことの神は女神のみ。しかし女神は実在する。実在するものはすべて移ろい、
絶えず形を変える。…ならば救いは己の内にこそあり、それを決めるのも己であろう。偶像を拝む必
要はないということだ」
 シュラは言われた言葉をなんとか要約した。ええと、要するに?
(本物が自分の心にあるなら偶像を拝むな、と。それから聖闘士にとって女神は…)
「…ッ…」
 が、シュラは今度こそ我が眼を疑った。シャカが…その場に崩折れたのだ。


「お、おいッ!! シャカ!!? やっぱり具合がどこかおかしいのだろう?」
 シャカはあきらかに呼吸を乱していた。ひび割れた石畳に伏してしまったシャカをシュラはあわて
て抱きかかえる。そうして多分初めて彼の「肉体」に直接触れたことに気が付いて、心底ぎょっとし
てしまった。最も神に近い男にさわってしまった!!??
 意外にも、シャカはふんわりと少し甘い匂いがした。花の匂いだろうか。
「…神に最も近い…というのは、私が幼くして八識に目覚めていたからに過ぎぬ…」
 シャカがシュラの思考を漏れ聞いたようで、すかさず反論する。こんなときまで説教はかかさない
辺り、やはり尋常ではない。
「もちろん…私の小宇宙は比類無き強さであろうが、そんなことが問題なのでは…ない」
「説教はいいから、シャカ! ど、どうすればいいんだこういうとき」
 シュラはあわてまくった挙げ句に当人に対処を尋ねてしまった。普通ならば医者を、とかなんとか
言うべき場面のような気がしたが、目の前の乙女座が果たしてそういう範疇に入るのか、甚だ判断が
おぼつかなかった故である。
 ふう、とシャカはため息で呼吸を整えた。確かに説教する状況としてはあまりよろしくない。
「不自由な身体だな…いつもこうだ…3日と保たぬ…」
「なにが?」
「八識を得て常世と現世を自在に行き来できる身とはいえ、所詮肉体は脆い器…」
 シャカの額には小さな汗の珠さえ浮いていた。死闘を演じたあの時でさえ見せなかった酷く苦しげ
な表情で幾度もため息をつき、なんとか己を制しようとしている。
「シャカ! 説教も自戒も後でいい! どこがどうおかしいのか言え! 医者が要るのか?」
「…要らぬ…捨て置け…」
「置けるか阿呆! いったい何だ!」
 シャカは、阿呆呼ばわりされたことにやや柳眉を逆立てた。が、抵抗の力はどうやらカケラもない
ようで、しかたなく小宇宙で静かに語りかける。もはや口を聞くことさえ億劫のようだ。
<どうしてもお節介がしたいというのであればやむを得まい…下の、獅子の住処へ、この私を持って
ゆけ…>
 己の身体をモノのようにぞんざいに言うシャカにシュラはあきれ果てた。が、余計な口を挟んでま
すます疲れさせるのも悪いと思えたので黙って従うことにする。最初は背負ってやろうと肩をつかみ
かけ、シャカのあまりの顔色の悪さにぎょっとして、お姫様抱っこに切り替えた。むさい男を抱える
のには絶対に使いたくない方法ではあるが、幸い見かけだけはシャカは女顔負けである。それに多分
十二宮の面子でシャカが一番チビいだろう。
 シャカは、別段文句も言わずお姫様扱い(笑)に甘んじた。というか、もしかして男だろうが女だ
ろうが人間を持つ際にはそういう持ち方だと思っているのかもしれない。
<言っておくが…アイオリアのヤツが何を怒鳴ってきても受け流せ。私は関与せぬ>
「はあ?」
 なんなんだ一体、と更に問いつめようとしたが、それきりシャカは黙った。…というよりもしかし
たらこれは意識を失った、とでも言うべきか。マジか。最も神に近い男と恐れおののいた長い年月、
こんな彼を見るのは仰天と言える。
 まして、つい先頃の聖戦ではまさしく神に近い男の名に恥じぬ恐るべき強さを見せつけられた。そ
の直後ではシュラが狼狽えるのも無理からぬことであった。


 シュラは、ほどなく獅子宮までやってきた。
 腕の中の神もどき、もとい乙女座の聖闘士は酷く軽かった。一応成人男子としてはそこそこなのだ
ろうが、拳ひとつで天を裂き地を割る究極の肉体を持つ聖闘士に、その程度の重りなど羽毛にもなら
ない。…否、それ以前にシャカは聖闘士としてはあるまじき細さだった。
 シャカの顔色はあいかわらず蒼白だった。いつも眼を閉じたままなので幾度も「実は意識があるの
では?」と疑ってみたのだが、気配が酷く薄く、面もちもどこかくたりと力無く儚い風情だったので
やはり意識は無いようだった。
「…アイオリア? 居るのか?」
 シュラは入り口でとりあえず呼ばわる。宮の主はすぐさま出てきてくれた。多分己の小宇宙を事前
に感じていたものと思われた。
「シュラか。どうし…ッ…シャカか!!!」
 途端、アイオリアが猛烈に憤った。なんだなんだ。シュラは思わず手の中のモノを落としそうにな
ったが何とか堪える。アイオリアはつかつかと歩み寄ってきて、シャカの顔を覗き込んだ。
「懲りもせずまた瞑想に行っていたのだなシャカ!! やめろと言っておいたろう!」
「アイオリア? …シャカは…意識が無いと思うのだが…」
 アイオリアがまるでシャカに直接語りかけるかのように怒鳴るので、ついシュラは口を挟む。だが
アイオリアはそれを聞いてますますいきりたった。
「意識が無いだと? コレがそんな可愛い男か! 俺の説教をくらいたくなくてわざと外界から意識
を遠ざけているだけだ!」
 そうなのか。シュラは唖然とシャカを見下ろす。睫毛がバサバサに長くて色の白い、美しい女のよ
うな顔立ち。これが十二宮で最もおそるべき男とは、多分誰も信じまい。
 …本人を知らなければ。
「それが証拠に今そいつを中空に放り投げてみるがいい! 間違いなくヤツは自力で宙に浮くだろう
よ!」
「いや、勘弁してくれ。天舞宝輪をくらうのはもうまっぴら御免だ」
 シュラはアイオリアの言った超絶危険な挑戦を丁重に辞退した。万が一にも頭から石畳に激突し、
顔面で岩を削るようなことにでもなったらその後のシャカの報復が一番恐ろしい。
「…やるならお前がやってくれ。…だが、その前になんだか酷く具合が悪そうだったが…」
 一応言うべきことは言っておく。アイオリアはむむ、と眉をしかめてシュラと、それから彼の手の
中の乙女座を交互にみやった。ため息と共に呟く。
「…10日もろくに飲まず喰わずではそりゃあ歩けもしまい」
「断食の最中だったのか?」
 シュラの言葉に、アイオリアは曖昧な笑いを浮かべた。
「幾度もやめさせようとしたのだがな…」
 アイオリアの表情が見る間に優しいものへと緩んでいく。ああ、獅子座は乙女座を大切な友人とし
て常に見守ってきたのだろうな、とすぐに判る面もちだった。
「邪魔だろう、シュラ。受け取ってやるからよこせ」
 言って、アイオリアは半ば強引に腕の中の彼を受け取る。ふわ、と柔らかな気配とかすかな甘い香
りが鼻先をかすめた。何故かぼんやりと残念な気分で、シュラは手を離す。
 アイオリアは、シャカを中空に放り投げてみたりはせず、丁寧に抱き直した。まず詫びを言う。
「シュラ。すまなかった。俺が眼を離したせいでコレが面倒をかけたようだ」
 まるきり保護者ぶった口振りにも、シュラは呆れたりはせず生真面目に返答した。
「いや、そんなことはない…仲がいいのだな」
 アイオリアは、その言葉にはちょっと複雑そうな顔をした。だが表に出しては何も言わず、代わり
に別のことを口にした。
「よかったら、少し休んでいかないか。…元はといえば、コイツに話があったのだろう? なんだっ
たらコレが眼を醒ましたら俺は席を外そう」
「ああ。いや、それはもういいんだ。席を外してもらうことはない」
 シュラは意外な気分で獅子座を見やる。一時期は「裏切り者の弟」として、直情で鬱陶しいところ
ばかり目立った彼だったが、こんな風に気を遣う一面もあったのか。改めて気が付けば、自分は本来
一番信頼すべき仲間たちをずいぶんとみくびっていたのかもしれない、と思う。
「…ただ、そうだな。少しおまえたちと話がしてみたいかな」
「そうか、ならば無骨な部屋だが招待しよう」
 アイオリアは、シャカを抱いたままシュラをプライベートエリアへと導いた。さすがに寝室では茶
も飲めぬと思ったかリビングの方へと向かう。シャカをソファに寝かせてからシュラには椅子を勧め
自らは茶を入れにその場を離れた。やがて戻ってきたときにはカップを3つ手にしてきた。
「…シャカ。そろそろ起きてもいいだろう。いい加減少し腹にモノを入れろ」
 シュラにはコーヒーを渡しておいて、シャカにはどうやら白湯の入ったカップを差し出す。
「…ッ…さっき…私を投げ落とそうとしたな…」
 ほどなく、シャカの返答があった。何時の間に眼を醒ましたのか。(眼を瞑ったままだとちっとも
判らない)
「実際にはしていないだろう。だいたいこんなに弱って、それでも黄金聖闘士か?」
「余計なお世話だ…この私がいかなる相手にも負けると思うのかね…」
「それとこれとは話が別だ。自力で起きられもせんくせに強がるな」
 その言葉が起爆剤、というかシャカを起こす呪文のようだった。シャカが必死で身を起こす様を、
アイオリアは黙って見守った。手を出すと怒るのだろうと予測はついた。
「…そら。白湯だ。吐くなよ」
 シャカは黙ってカップを受け取る。そうしてやっと、アイオリアも自分の分を手に取った。シュラ
に向かって軽く笑ってみせる。
「まったく、どこが最も神に近い男だ。ただのとんでもない我が儘なのだからな」


 シュラは、アイオリアに対しても詫びねばならぬことがある、と生真面目に話を始めた。
 いい機会だから、多少煙たがられてもけじめくらいはつけさせてもらいたい、との一念である。ど
こまでもお堅い男、シュラである。
 アイオリアは、シュラの謝罪に対してはあまりいい顔をしなかった。一応シュラの義理がたさを買
ってなんとか頷きは返してやったものの、むしろ罪悪感を感じるのは自分の方なのである。日本で初
めて女神と出逢い、星矢と一度目の対戦を経て兄への疑惑がようやく晴れてから。
 自分がいかに兄を信じ切れていなかったか、そしてその後の教皇宮でのやりとりでいかに自分が不
甲斐ないかをアイオリアはイヤというほど思い知ってしまったのだ。
 どうしてもっと早くに教皇の存在に疑いを持てなかったか。運悪くシャカと対峙し、おそらくはシ
ャカをも非常に苦しい岐路に立たせてしまった。それもまた自分の浅はかさ故だ。
 どう考えてもシャカはあの時自分に対して手加減していた。本気で自分を殺すつもりなら彼はもっ
と違う戦い方をしてきただろう。それを、お世辞にも得意とは言えない肉弾戦のみで対抗してくると
は! 目さえ開かず腕力の無さ(笑)を小宇宙で必死に補いながら己を迎え討ってきたシャカ。
 あの後教皇、いやサガに幻朧魔皇拳をかけられ無理矢理服従させられたアイオリアを、シャカは一
部始終見守っていた筈だった。だが、自分がアイオリアを反逆者として討つよりは百倍マシだったに
違いない。真実が未だ明らかにならぬその時の状況では、黙って引き下がった方が無難だ、とシャカ
は判断したのか。なにせ、「教皇」は神の代行者、事実上聖域第一の権力を持つ。反逆罪となれば、
即座にその場で息の根を止められても文句が言えないのだから。
「…人それぞれ、罪悪感とはとかく面倒な感情だな…」
 アイオリアは言って、苦笑した。シュラも頷いた。
 互いに、多分初めて長いながい話をした。とりあえず気の済むまで謝罪し通したシュラは少しばか
り気鬱を晴らすことが出来たようで、まれにみる穏やかな表情となっていた。
「この我が儘男も、罪悪感とは一見無縁なようだが、これでいて煩いのだ」
 アイオリアがシャカの方に顎をしゃくると、シャカはむっとした顔。
「余計なことを言うな」
「余計ではない。だいたい余計というならばまず断食をやめろ」
 シュラがおどろいてシャカを振り向く。
「自戒…? そのせいで断食だったのか?」
「違う。たまたまそういう気分だったのだ」
 シャカのしれっとした返答に、アイオリアがすかさずつっこむ。
「それを理由というのだろうが」
 尚も言い返そうとしたシャカは、途端にむせかえった。げほごほ、とひとしきり咳き込み、ただで
さえ蒼白な顔をもっと白くして口元を押さえる。アイオリアは優しくそんなシャカの背をさする。
「…こら、ここで吐くなと言ったろう」
「吐かぬわ! …ッ…」
 なんだか「つわり」を心配するダンナと気の強い奥さんみたいだ、とシュラは壮絶な想像を働かせ
てしまって汗だらけになってしまった。あわててふりきる。
「だ、大丈夫か? シャカ」
 シュラの言葉に、アイオリアが代わりに答えた。
「3日くらい前から風邪っぽくてな。その寸前まで丸一週間ほど飲まず喰わずで瞑想なんぞしていた
ので差し止めてどうにか飯を喰わせようとしたのだが…」
 くしゃり、とシャカの髪を撫でてやりながら困ったようにアイオリアは言った。
「どうも今はすっかり弱っているようで、何を喰わせても殆ど洗いざらい吐いてしまう。…熱もある
ようだし、本当ならベッドに縛って置いておきたいのだが、残念ながらコイツは大人しく縛られてい
るような男ではないのだ」
 シュラは、まるきりいつものこと、な口調で言われた言葉が一瞬信じられなかった。
 それは要するに、断食上がりで病み上がり…ならぬ病み中?なのにこっそり抜け出して処女宮で瞑
想の続きをしていたということか? さっきのは。
「医者に連れていけ! アイオリア!」
「そうしたいのは山々なのだが、当のシャカが…」
「ゆかぬ。必要ない」
「……と、こんな有様でな…ま、少しずつマシになってきたから半月もすれば治るだろう」
 呆れた。
 最も神に近い男と言われながら、医者にいくのがイヤだと意地を張るのか。アイオリアも扱いには
慣れていて、何度もこんな事態を見守り続けてきたのだろう。
「…何故そんなに己の身体を痛めつけるのだ、シャカ」
 シュラは真顔で尋ねてみた。シャカは驚いたのかどうか、しばらく返答はなかった。
 やっと返事が返ってきたのは、たっぷり数分は沈黙が横たわった後だ。
「──意図的にしているつもりはない。最初は修行と称して断食をしたこともあったが…」
「修行じゃないのかアレ」
 アイオリアがあわてて突っ込むとシャカは「違う」とすかさず返す。
「瞑想は鍛錬だ。…が、食事は雑念になる。面倒になって食べずに放っておくようになった。死の淵
を幾度か見て、さすがに女神のお膝元で餓死はまずかろうと思い、一応限界を超えないようには調整
していたつもりなのだが…」
「これでどう調整していたのだ! 貴様は!」
 シャカはうるさそうにアイオリアを遮った。
「この程度では死なぬ。食事も今は少しずつ摂っているだろう」
「どこがだ。昨日だってスープ1杯で吐いたくせに」
「その後余計に3杯も飲ませた」
「食べなければ死んでしまうだろうが!」
 シュラは二人のやりとりをぼんやりと見守る。どこまでも精神だけをとぎすまそうとする乙女座と
この上なく人間らしい獅子座とはあまりに対照的で、逆にそれが互いを支え合っている。
 なるほど、こんな同僚たちの素顔を自分は今まで知らずにいたのか…。
「…仲がいいのだな、おまえたちは…」
 はた、とシュラの言葉に二人は顔をあげた。仲?
「…これでいいと思えるのか? シュラ」
 アイオリアの呆れた声に、シュラは苦笑する。
「言いたい放題お互いが言えるのは、認め合っているということだろう」
 シャカは、下手な口出しをして墓穴を掘るまいと黙ったままだ。ちょっとばかり眉間にしわが寄っ
ていたが。
「まあいい。…少し腹を割って話すのも悪くはなかった。じゃあまたな」
 シュラはそう言って立ち上がる。なんだか二人の間に挟まっているのが奇妙に申し訳ないような気
がしてきたのだ。さっさと退散するに限る。アイオリアは見送ろう、といって続いて立ち上がる。
「…ああ、シュラ。降りるのか?」
 シュラが、上ではなく下へ向かうのを見てアイオリアが声をかけた。
「デスマスクんところに、ちょっとな」
「そうか。よろしくな」
 よろしくなも何もないか、とアイオリアは自分で言って変な顔になってしまったが、シュラは軽く
手を振って答えた。…やっと13年振りに集合したのだ。大切な仲間たち。
 少しずつ、交流を深めるのも悪くない。アイオリアはふと笑う。


 シュラは、さきほどとはうって変わった晴れ晴れとした表情で、石段を下りた。
 女神のお力で現世へと復活した罪深い我が身。だが、これからはもっと違う風にこの力を使うこと
ができるはず。仲間が居て、そして女神の導きがあるのだから。














シャカ身長182cm68kgは自称、というかウソだと思ってます。(おまい公式設定を何だと…)
マトモな身長測定器があるとはとても思えないので、適当にどっかの石柱にみんなしてキズでも
つけながら成長していったということで、自称と事実には隔たりがあるのだよ。
体重は、シャカのこったから聖衣の重さ入れてるだろうし(おいおい)。つか量りもねえだろ。
俺的同人設定は172〜5・60弱くらいで。断食ばっかしして栄養失調気味な聖闘士。小宇宙に
頼りっぱなしで拳だけでは勝負にならない規格外黄金。敏捷性は良いかと思われますがそれだけ。
鬼ごっことかなら強いだろうけど…な感じで。あはは…。妄想。
どうせパロなのでちっとくらい都合よくねじまげさせろ。