イイカゲンニシロ!





                                             



 余談だが。
 アイオリアが正に飛んで帰るような勢いで獅子宮に戻ると、シャカは大量に積み上げられた食料
を前に途方に暮れているところだった。
「…なんだまだちっとも食ってないのか! 俺が戻ってくるまで待つなと言ったのに!」
「待っていた訳ではない、ただ、気乗りがしなかったのだ」
「いいから喰え。ああスープが冷めてしまったではないか。待っていろ、温め直してやる」
 その後アイオリアが温め直した皿を持ってくるまでやはり微動だにせず待つシャカ。その様子を
見てまた怒り出すアイオリア。いつもの光景だが、今日はなんだか少し静かである。
 シャカが、いかにも渋々といった風にパンを囓り出すのをアイオリアはちらと確認する。普段は
閉じたきりの瞼が、今日はどういった風の吹き回しか一日中開けている。その微妙な表情に、ほん
のりと昨夜の痴態を思い出した。
(可愛かった…)
 このシャカが、泣いてすがって、欲しがって。
 どうやっても昨日までの時点ではカケラも想像できない姿だ。だが今はできる。何故って昨夜は
それを思う存分体感したからだ。それでもまだ全然足りぬとアイオリアの肉体は猛る。
(う…マズい…ダメだ今は食事中だ…)
 結局、昨夜から夜がすっかり明けてしまうまでほとんどぶっ続けで堪能した獅子座は、なんと、
たった一晩でそこそこ「学習」し、こなれてしまった。いわゆる「だいたい要領は掴んだ」という
調子か。そうしてそこそこ納得した辺りで、とうとうシャカが完全に気絶しうんともすんとも言わ
なくなってしまったので中断(!)、やっとの仮眠という運びになったのである。
 結局、シャカはあまり良く寝ていないようだった。一度熟睡に落ちたらそうカンタンには起きな
いことは今までの経験で百も承知だ。アイオリアが寝ている間に一度は起き出し、多分ベタベタに
汚れた身体を清めに行ったのだろう、いつのまにか髪がしっとりと濡れていた。
 アイオリアは元気なもので、夕刻もそりと起き出すと、寝過ぎてしまったと舌打ちしてあわてて
日課の鍛錬に出ていき、小一時間ほどで戻ってひと風呂浴びた。その後シャカの為にと夕食を山の
ように用意し、なにやら気張った様子で十二宮をあがっていったのだ。シャカはその間気怠い身体
をもてあましつつも、ろくろく口もきかなかった。元々口数が極端に少ない男ではあるが、それに
してもマトモな日常言語さえ出さない。
「そら、もっと喰え。倒れてしまいそうな顔をして」
「…誰のせいだね」
 ぽそりと呟いた声音にはやや嫌味が混じっているような気がしたが、お気楽極楽な獅子にはそれ
さえも照れ隠しにしか聞こえない。
「そんなにバテたのか。それは悪かった。お前があまりに可愛いものだから…」
「………ッ……」
 シャカは黙った。もう文句も出てこない。好きにしろと宣言したのはシャカ当人で、それは自覚
していたのでこれ以上ふてくされても仕方なかった。ただ、こんなにもアイオリアが「体力バ*」
だとは覚悟していなかったのだ。シャカのただひとつの誤算だった。
 まあ、しかたあるまいか。
 シャカはそうぼやいて、気持ちを切り替えた。どんなに体力*カでも猪突猛進でも直情的でも、
それでも多分、自分は獅子にだったらこの身を全てくれてやっても惜しくはないのだろう。
 いささかナゾな感情ではあるが。
「…今晩は早めに済ませて寝よう。明日また夕方まで寝過ごしたらいかんからな」
「済ませてって…リア? まさか今夜も?」
「当たり前だろう。…イヤなのか?」
「─────!!!」
 冗談ではない、と叫びそうになったシャカは、ぱったりとアイオリアの真剣そのものの瞳にでく
わしてぐっと黙った。この獅子相手にその場その場の是否は有り得ないのだ。一度でも拒絶したら
彼の、何かとても大切な思いを砕いてしまう気がして、誠にこの獅子はズルイと乙女座は内心で呆
れかえってしまった。
 罠、ではないか。これではまるで。
(どうせ黄金聖闘士ともあろう者が体力無さすぎだとでも怒るのであろうな…)
 シャカは目を閉じた。気持ちを落ち着けた。修行と思えば苦ではなかろう。
 …なにかとてつもなく根本的に間違っている思考のような気がしなくもないが。しかし。



「…月が中空を越すまでには寝かせてくれると誓うなら」
「誓おう」
 シャカは苦笑で返した。まったくもって己は獅子には極限まで甘いのだから。














ぎゃっ。