◆6巻(第51回〜第60回)



◆第56回 (09/01/08更新)

2回目の悟空破門事件。
中盤にさしかかり、悟空の嫌味たっぷりな台詞も、へたれな三蔵の文句も磨きがかかっている。
ある日の夕方。八戒が馬を急がせるのを見て悟空が「おれさまにやらせてみろ」とて金箍棒をふりかざし「ハイドー!」と一声かけると、たちまち馬は三蔵を乗せたまま猛烈な勢いで先に走っていってしまった。…これは、悟空が昔弼馬温(天界で馬飼い)をやっていた腕前のせい、だそうだが…ただ棒が怖かっただけでは…??まあ、それはともかく。
三蔵ひとりだけ20里も先行し、ちょうど運悪く盗賊どもの巣窟に飛び込み袋のネズミに。
「命ばかりはお助けを!!」と涙する三蔵に、賊の頭が金目のものを出せ、出さねばぶったたく、と脅しをかける。三蔵はやむなくでまかせをいった。自分には弟子がいて、弟子が少々金を持っているからぶたないでくれ、と。
賊どもはそれでひとまず納得し、じゃあ弟子がくるまで捕まえとくか、と三蔵をぐる巻きにして木からつり下げてしまった。
あとからのこのこ追いかけてきた三弟子たち、八戒はつり下げされた師父をみてげらげら笑う。

「おい、見ろよ。師匠だぜ。おとなしく待ってりゃいいものを、なにを思ったのか木によじのぼり、ぶらんこして遊んでるぜ」
悟空もみて
「あほんだら、つまらんこと言うなってば。師匠は吊るされてるんじゃないか。おまえたちはゆっくり来いよ。おれさまがひとっぱしり見てくるからな」

三蔵は悟空がかわいい小坊主に化けて様子を見にきたので、事情を説明した。
そして、「おまえが来てくれて話をつけてくれると思っていた、でないとこの馬もとられてしまう」と訴えた。
すると悟空はにやにや笑いながらこう答える。


「お師匠さまもしょうがないおひとだなあ。天下に和尚はたくさんいますが、お師匠さまみたいにふぬけな和尚も珍しいですよ
いいですか、唐の太宗があなたを西天につかわし、仏にまみえよとおっしゃったんですよ。そんなら、この龍馬をやつらにくれてやれるはずがないでしょ?」
「悟空や、こんなぐあいに吊るされてしまったのだ。このうえ吊るされたままで打たれて脅されたらどうしよう」
「お師匠さまはやつらにどう言ったんです?」
「あんまりひどくぶつものだから、せっぱつまってそなたのことを言ってしまったのだ」
「そいつはいいあんばいです。で、なんと言ったんです?」
「そなたが路銀をいくらか持っているから、ぶたないでくれと言ったのだ。苦し紛れの一時しのぎだったがね」
「そいつは上等! 大できです!  お師匠さまにご推薦いただいたなんて!  どうせ言うなら、そんなぐあいに言っていただきたいもんですな。ついでに、ひと月に七十ぺんか八十ぺんも言っていただいたら、孫さまの商売ますます繁昌というわけですよ」

この、壮絶なまでのいやみったらしい孫さまの受け答えっぷりが真骨頂!
師父が意気地なし(汗)で、結局は自分に頼るしかないことを良く知っている。盗賊たちに脅されて苦し紛れを言ってしまったことに対してのこの容赦ない言い草!そして、泥的連中を「掃除」するのが自分の「商売」だと言ってはばからない尊大さと図々しさ。
三蔵も、それが自分の臆病さへの嫌味と判っていても、悟空に助けてもらう以外にないので黙って受け止める。
三蔵は本来、いくらでも悟空を顎で使えるだろうに(つうか普段無意識に悟空を顎で使っているくせに)、己の弱さを恥じているのか、こういった段階では弟子への高圧的な態度は決して出さない。逆にいえばその控えめさこそが、悟空を結果的に「野放し」にする結果となる。
飴と鞭は上手に使ってほしい師父。…あんた、…自分をつり下げた盗賊より百万倍恐ろしい男を従わせることができるはずなんですけどねえ。もったいない。もっとも、これが使いこなせるようならそもそも悟空の忠告を無視って妖怪にとっつかまったりは絶対にしないのだろうから、…どだい無理な話か。ジレンマジレンマ。

ともあれこの強盗どもは悟空によって追い散らされ、うち二人があわれにも殺されてしまう。
無体なことを、と三蔵は悲しみ賊の死体を弔ってやるのだが、「おまえたちを殺したのは悟空であって私じゃない、私を恨んでくれるな」とよけいなことを言うものだから悟空カチーン!
「おれさまは師父を守るためにこんな苦労してるんですぜ?」と文句つける。すると三蔵もついむきになって、「おまえに命を哀れむ慈悲を教えてやろうというのに何故わからんのだ?」とお説教を返す。
その夜、親切な老夫婦の屋敷に泊めてもらった一行。その老夫婦が「息子は盗賊に成り下がって悪行三昧だ」と嘆くのを聞き、三蔵はもしや昼間の泥的一味にいたのでは?と恐々。悟空が「そんな悪たれはおれさまがかわりに殺してやりましょうか」とずけずけ言うが、老夫婦は「いっそ殺してしまいたい気もするが、やっぱりどんなろくでなしでもわしらの墓守くらいはしてもらいたい」と苦笑い。
さて、案の定昼間の強盗仲間だった老人の息子、家に戻ってみたら仲間のかたきが泊まっているらしいと聞き復讐モードスイッチオン。「飯を食って力をつけたら全員切り刻んでひき肉にしてやるぜ」とこぼす(この、賊どもの懲りなさ加減といったら…最初に悟空にこてんぱんにされた段階で敵わぬと諦めればいいものを、さすが諦め悪い悪党)。さあそれを聞いた老人はびっくり、あわてて三蔵たちをこっそり裏口から逃がしてやった。
一方、しばらくしてから盗賊連中、三蔵たちが逃げたのに気づき、全員で追いかけた。もちろんすぐおいつかれる三蔵一行。三蔵は悟空が臨戦態勢なのを見て「くれぐれも殺さずに追い返すんだぞ」と注意する、…が、悟空はまったく聞いちゃいない。初めっから殺す気満々。あっという間に追いすがってきた盗賊どもを殺しまくった。
しかもあろうことか、悟空は、例の倅とやらがどいつなのか確認すると、盗賊の刀を奪ってそいつの首を切り落とし! 三蔵に誇らしげにww見せびらかす。ここに至って三蔵、堪忍袋の緒が切れ、やにわに緊箍呪を唱え始めた。(どうせ唱えるんなら盗賊とやり合う前に一発やっときゃ悟空も手控えたろうに遅いんだよ莫迦…、と思うんだが、まあそれが物語の流れだから?)
七転八倒し、悟空は必死で謝りまくるが、殺してしまってから謝ったって取り返しなんかつくはずはない。三蔵はとりつくしまもなく、悟空はその場で破門されてしまうのだった。

◆第57回 (09/01/08更新)

あわれ、いくあてもなく観音さまのところに逃げ込んだ悟空。
声まで放ってわあわあと泣きじゃくり(笑)、自分は一生懸命師父を助けたのに師父が自分を追い出した!と泣きついた。このへん正に「おかーさーーん○○ちゃんが酷いよぉ!」て感じ…!!??孫さましっかり!!

正直言うと、ここら辺りは孫さま贔屓の私にとっては心中かなり複雑だったりする。
冗談でも差別でもなく実感として、命の重さ(価値)自体が現代日本人と中国人とでものすごく違うだろうが、それらをさっぴいて考えても悟空の残酷さはさすがにつらい。三蔵が、猛烈に立腹するのも判ってしまう。
ちなみに岩波を原著として各バージョンを比較すると、面白い違いが出る。

→「もっとも優しい西遊記」と銘打たれる平岩版では、そもそも悟空は三蔵と対立するつもりなど欠片もなく、賊を殺す気もなかった。始めの殺人はあくまでも過失致死、そのあと息子を殺してしまったのは三蔵が傷つけられてブチ切れた一瞬だけのせいで、…しかも、三蔵は悟空を破門するつもりがなかった。どこまでもどこまでも判り合っている三蔵と悟空の優しく切ない一場面として描かれる。

→ひいきめにみても悟空が「己を律することのできない未熟な性格」として描かれる渡辺版(偕成社)では、悟空は、三蔵に謝ることさえ拒絶した。盗賊を殺して何が悪い、悪党を処罰することで何故咎められるのか、今盗賊を始末せねば後々誰かがまた被害に遭うのだ、と三蔵の「現実と剥離した理想主義」を徹底して非難し、ゆえに猛烈な大げんかとなった。

→中公文庫版(邸永漢)は、なりゆきはほとんど原著とかわりなく描かれる。ただ、悟空がことのなりゆきを観音菩薩に申し開く際の言い分が明快で納得しやすく(笑)、読者の気持ちをいささか悟空の側に引き止めてくれるので、優しい解釈とすべきだろうか。

悟空「そりゃ私に行き過ぎがなかったとはいいません。しかし強盗どもを助けてやったところで、ほかの通行人が迷惑するだけのことです。世の中の人のためを思えば、あんな連中は掃き捨ててしまったほうがいいのです。(略)」
観音「お前にもなるほど言い分はあるだろう。しかし、たとえどんな悪党でも一生の間に真人間になる機会はあるものだ。その機会すら与えずに永遠に葬ってしまうのはかわいそうだよ。お前のやり方は世間にも同情者はあるだろうが、少なくとも仏門にある者としてはあるまじき行為だとわたしは思うね」
悟空「そう言われてはわたしも返す言葉がありませんが、しかしもとはといえば、お師匠さまを助けたい一心からでした。ですから結果ばかり云々しないで、少しは動機もくんでくれるべきではないでしょうか」
観音「その点は三蔵にも多少、感情的なところがないとは言えないな」
(中公文庫;邸永漢著/五巻P236)

観音が、悟空に「おまえに非がある」といいつつも、悟空の言い分もきちんと聞いてくれ、悟空もそれに納得しているところがおおいにありがたい。

  で、話をあらすじに戻そう。
観音は、悟空によく言い聞かせた。
  「三蔵はほどなく災難に遭う予定で、そうすればおまえを呼びにくることになるはずだからここに居て待ちなさい、三蔵にはわたしがちゃんととりなしてあげるからね」
そう観音にいわれ、悟空はしょんぼり、黙って従う。

一方三蔵のほう。
悟空を追い出したあと、プンプンご立腹の三蔵法師の前に、悟空のそっくりさんがやってきて三蔵をぶちのめしてしまった。もちろん偽物と知るはずはないから三蔵はさらに激烈怒りまくり。荷物も盗まれてしまったため三蔵は悟浄に取り返してくるよう頼む。悟浄は花果山水簾洞まではるばるでかけ、悟空のそっくりさんに面会した。
悟浄も、また、悟空が偽物と知るはずもなく、生真面目に気を遣って師兄のご機嫌をとろうとする。が、おとうとである己をまったく知らない人間のように見据える師兄のつめたーい眼差しに内心えらいびくびくしてみたり。萌えるやら切ないやら。
交渉はまったくのものわかれ。盗んだ荷物を返してくれないどころか、偽物悟空は、悟浄の目の前に「偽物三蔵」「偽物八戒」「偽物悟浄」まで連れ出してみせ、「かわりに西天に行ってやる」と言い出した。さあ悟浄はカンカンに怒り、偽物の自分にうちかかってその場でぶち殺してしまう。…その正体はサルだった。
仲間のサルを殺され偽物悟空も怒り出す。ドンパチ騒ぎとなり、悟浄はたまらず水簾洞から逃げ出し、今度は観音菩薩に助けを求めるべく普陀山に行った。ところが、そこには観音のそばにじっと4日!!もたたずんで待っていた本物の悟空が!
悟浄は、さっきの偽物悟空が先回りしたのだ、と猛烈に怒って目の前の本物悟空に打ちかかった。が、悟空は黙ったままするりと避け、なおも打ちかかろうとする悟浄に構えすら見せず。
短気で剛毅なはずの悟空が、一方的におとうとに攻撃されても一切口を開かず、普段は控えめでよけいなことをいわないはずの悟浄がスゴい勢いで観音に「悟空がどんなに酷いことをしたか」を激して語る、という…これまた切ない場面。
互いの心情を考えるに、なかなか心痛いです。
悟浄は、普段師兄を大変敬っているので、「この無法サルめが!」なんて言葉はこの時だけ。ぶち切れると後先なくなるのは、悟空だけじゃなくて悟浄もだよね。あとで偽物と判って心底安心したろうなあ、と我がことのように思ってしまうわたし(笑)。
そして、…ここ、もし悟浄じゃなくて八戒だったら、絶対「この臭猪!!おれさまにいきなりなにしやがる!」と言って鉄棒で受け止めるくらいはしたんじゃなかろうか、と思うのだが、…私だけ?
いや、悟浄だからこそ、黙って避けたし、口答えもしなかった、と私は見る。
悟浄が怒ってるのだからなにか理由が、と思いつつ、…実のところは、意外すぎて放心状態? 何が起こったかとっさに判断できなくて、まさか悟浄に金箍棒構えるわけにはいかなくて、そばには観音さまもいるし完全無防備状態?な孫さま。
心中でものっそ葛藤し、びっくり目で声も出ない状態だったりしたら…かわいそうすぎで萌えるーーーーーーー。

は、ちなみに平岩版ケナゲ悟空だと師父に破門されたショックで凍り付いて昏睡状態(!!!)でした。どこまで三蔵命なの平岩悟空!観音さまが「かわいそうかわいそう」っていって甘露水かけてくれてね。でも目を覚まさないの!!4日も!!!
…おいーーー!!どんだけーーーー!大絶叫。いやこれはこれで萌えるが。
…ちなみに原作孫さまはむしろ悟浄との相対シーンで萌えるのです(げふんげふん)。ツンデレ孫さまは、えらい平気なふりしてますが、内心師父に破門されたことがショックで、しかも信頼する悟浄にまで疑われて猛烈ショックなのです。それが証拠に、ここいらあたりの本物悟空は滅多に無く口数が少なく、なにもかも言うがままなのです。
悟浄に「先回りされちゃたまらないから一緒に行動してくれ」といわれ、黙って肩を並べたり、とか…。決して目に見えてしょげたりはしない、けど、普段の孫さまだったら「黙って」ってところがもうぜったい有り得ない。文句があればひとの10倍ぶつくさたれる、それが孫さま本領発揮なのです。ハァハァ。

◆第58回 (09/01/08更新)

さて悟浄と一緒に水簾洞へやってきた本物悟空、偽物とがっつり対峙。くりそつ。誰にもみわけつきません。
悟浄もそこでやっと悟空が二人!!??いることを認め、本物と偽物の区別がつかない以上は手出しができない、と後方へ。
悟空も偽物を目の前にしてようやくいつもの調子を取り戻した。もんのすごい勢いでドンパチ始める。なんてったって実力もくりそつな悟空×2だから騒々しさ天下一ですよ。
んで、悟浄は事情を飲み込み師匠のもとへ説明に。悟空×2は互いを見分けてもらうべく飛び回る。

・普陀山;観音(緊箍呪を唱えたがダメ)
・天界;玉帝見分けられず。李天王(照妖鏡で見たが区別つかずダメ)
・三蔵のもとに一度戻る(緊箍呪をためしたがやはりダメ)
・冥府;閻魔大王たちは見分けられず。地蔵菩薩がペットの獣に真偽を確認し見分けるものの、偽物悟空の神通力が強すぎて言えずじまい。
・最後に雷音寺にて如来さまに見分けていただく。
→偽悟空の正体見破ったり!その名は「六耳ビ侯」。如来がやすやす捕まえたところを本物悟空がぶち殺してしまう…という顛末。

ちなみに、中公文庫では、偽悟空の正体は六耳ビ猴ではなく「悟空の悪心の分身」で霞のように消えてしまう。こういう幻解釈も面白いかな。

一件落着、したところで、三蔵まだぷりぷり怒ったままなので、あたりまえのよーに悟空を放置し出かけようとする。
が、さすがに観音が悟空をそばに連れつつ直接ご来臨。
「さあ悟空をひきとりなさい。もう腹を立てたり、疑ったりしてはいけないよ」と諭す。
三蔵は「謹んで教えに従います」と悟空を受け取る、のだが、…あのう、…けっこう渋々だったりしませんか師父。観音が持ってけゆーからしょうがないなーみたいな気持ちで道具みたく受け取ってない!!?? 
師父ー!腹を立てたり疑ったりしちゃいけない、という言葉、ちゃんと聞いてる??? とつい厳しくツッコミいれたくなったりする幕引きなのでした。ちゃんちゃん。

余談だが、悟空の態度もここいらを境に、「三蔵」のひととなりをおおよそ掴み、そうとうの諦めが入ってくる。
二度も破門されたので、さすがに道理にあおうがあうまいが何が師父の「逆鱗」なのかを飲み込んだのだろう。以後、盗賊をうっかり「殺す」ようなしくじりは二度としていないと思われる。もっとも、内心では「悪党は殺しちまったほうが世のためなのになあ」とぶつくさ言うのだろうが。