(三蔵視点)
うちでは、専ら悟浄が炊事を担当する。
時折は悟能も当番になるが、つまみぐいが多すぎて最初に用意した量の半分くらいしか出来上がらないことがあり、そんなときは大抵師父の私が小言をいう前に悟空が猛烈な勢いで叱り飛ばしてしまう。あまつさえ棒を振り回すので、私はやむなく、本来怒る相手ではなかったはずの悟空に小言を述べる羽目になる。本末転倒である。
ちなみに、悟浄はやや薄めのほどよい味付けをしてくれるので私にとっては一番食べやすいが悟能に任せるととても濃い味付けになる。もう何年も旅をしてきているので、聞かずともひとくち食べれば、どちらが作ったかはすぐわかる。
悟空は、わたしたちが全員揃ってからの旅路では、いまのところ一度も炊事を担当したことがない。まだふたりきりで旅をしていたころは水を汲んだり火を起こしたりとマメに手伝ってくれたものだが、最近はおとうとたちに任せっぱなしでちっともやろうとしない。だいいち、悟空は出来上がった雑炊や汁物をほとんど食べないのだ。大丈夫なのか?と思うくらい。
悟空はもともと神仙であり食事などほんとうは一切無くても生きていける、という。ただ、まったく食べないとさすがに少し弱るとも言っていたから、やはりここは無理にでも食べさせるべきかと思い、公平性も考えて、ある日悟空に食事当番を申し付けた。自分で作れば、少しは食べる気にもなるかもしれない、と思ったのだ。
「…おれさまが、飯炊きですかい?」
「そうだよ。たまには兄弟同士、役割分担を交換しても良いだろう? もしやったことがないのだったら私が手伝ってあげるから」
「や、めっそうもない。作れっつうなら、作りますよ」
それでも大分へんな顔をしていたが、夕暮れ時になって適当な場所に落ち着くと、おとうとたちを使って水を汲ませたり具材になりそうな山野草を摘ませたりなどして、準備を始めた。
ちらと窺う限りでは、別段手際も悪くない。決してできない訳ではないのだな、と妙なところで感心した。もっとずっと、不慣れかと思っていたのだ。
(…確か、詳しくは決して話してくれないが、悟空には前の師匠が居た、とか。たくさんの師兄たちと共に飯炊きもしながら暮らしていたというから、…なるほど経験はあるわけだ…)
そして、待望の食事がまず私に捧げられた。悟空がさも当然のように「はい」と渡してくれるたくさんの野草が入った雑炊をひとくちすすって、私は思わず笑ってしまった。
なんだか、不思議と甘かったのだ。
「…兄貴、甘いぜコレ。何入ってんだ?」
悟能もそんなことを言っている。悟浄は私と目が合って、やはり苦笑いをしていた。多分悟浄は知っていたのだろう。
(…悟空が作ると甘くなる。…覚えておこう)
「甘いか? こんなもんじゃないか? 山栗入れたからさ」
「でもなんか果物の匂いが…」
「あーそれ無花果」
ぶ、と悟能がふいている。
「…っ雑炊に果物なんか入れんなよ兄貴!!」
「へ? 香り付け程度だぜ? 別にまずかないだろ。喰いたかないなら喰わんでもいいが?」
悟能は、「はいはい美味しいですぅ!!」といつものようにがつがつとおかわりしながらあっという間に鍋の中身を片付けてしまった。心配していた悟空の分だが、さすがに味見という意味合いもあったのだろう、珍しく椀に一杯きちんと食べていた。
とりあえず、無理矢理にでも食べさせる作戦に関しては、少しは成功のようだ。
追記。
あとで悟浄にさりげなく聞いたら、悟空は甘味に限っては「火を通してあっても割と好き」なのだそうだ。要するにかなりな甘党なのである。そもそも食生活が果物ばかりだから味の好み云々までは考えなかったが、言われて初めてひどく納得してしまった。
「まえ、甘いミルク粥を作ったことがあったでしょう? 覚えていらっしゃいますか?」
「ああ、そんなこともあったね」
たまたま酪農の家に泊めてもらったとき、お土産に竹筒いっぱいにしぼりたてのミルクをもらった。そのありがたいミルクを使って悟浄がおなかに優しい、甘いミルク粥を作ってくれたのだ。酷く寒い日だったので、身体の芯まで暖まる甘さだった。
「あのとき、珍しくやたら師兄は喜んでたの、ご存知でしたか?」
普段ほとんど鍋から取って食べようとしない悟空が、その日に限っては自ら椀に盛っていたのだという。それどころか、ちょっぴりだけれどおかわりまで要求したのだと。
「………気づかなかった」
「焼き菓子や蒸し菓子も好きですしね、甘いものならたいがい好きみたいですよ」
「なるほどねえ…」
みかけだけでなく、味覚まで子供みたいだ、と思ったことは悟空には内緒にしておこうと思う。
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