ココロオキナク





                                             



 はっきり言ってしまえば、獅子座は「男同士」でナニをどうするのか全く知らなかったし、乙女座
はまさかそんな珍しい(笑)ことが改めて己の身の上に振ってくるとは思ってもいなかった。



「…あのなあ…」
 ミロは心底うんざりした顔で長年の友人でもある獅子座・アイオリアを睨み付ける。
 他の何よりも色事に関して相談を受けるのは彼にとって不本意だ。もちろん、アイオリアと比べて
しまえばまだしも知識や経験はミロの方がマシだったが。
「何も俺んとこに来るこたぁないだろ。俺が! この俺がその手の話得意だと思うか?」
 ミロの不機嫌っぷりにアイオリアは真っ赤になりながらも必死で抗弁する。
「なっ何もお前が適任と思った訳ではない! ただ他に居ないからお前を友と見込んで…」
「見込んでくれんのは嬉しいけど直球すぎんだよお前!!」
 アイオリアは、ついさきほどイキナリ「相談がある」と駆け込んでくるなりこの上ないストレート
な物言いでしかも前触れも何もなく尋ねてきたのだ。
 つまり、男同士でもヤれると聞いたが一体どうやってヤるか説明してくれ、と。
 ミロはそのときちょうど夕食の支度中だったが、味見用の小さなスプーンをくわえたままあんぐり
と硬直し…そのスプーンが派手な音を立てて床に転がってもしばらく復活できなかった。
 聞くにしたって、もう少しマシな聞き方があろう、アイオリア。
「…で」
 それでも、どんな時にも友情に篤いミロは直球アイオリアを見捨てることなくなんとか宥めて居間
の方へ案内した。とにもかくにも夕食を作りながら話したい話題ではなかった。頭が混乱気味であや
うく本日のディナーを失敗するところだったがかろうじて許容範囲に留め、ついでに自分の分を少し
取り分けてアイオリアに渡した。アイオリアは笑えるほど決死の表情だった。
「…最初に聞くけど、相手はシャカか」
「う…。そ、その通りだ…」
 なんで判った、といわんばかりの獅子座に、蠍座は苦笑する。いくらなんだって俺だって判るに決
まってるだろ。だっておまえ判りやすすぎなんだもんな。
「めでたく両思いになったって訳か? いや、もともと始めからお前ら自覚してないだけで相当デキ
てたよな」
「出来てた? 何がだ」
「コンビというかパートナーというか、まあ言っちまえばお笑い夫婦みたいだな。多分俺だけじゃな
くてカミュも、ムウもアルデバランも、アフロやデスマスクだってそう言うだろうさ」
「そっ…そうなのか?」
 アイオリアは更に驚き、たじろぐ。ミロは果てしなくため息をついた。
「いいから、喰えよ。…んで」
 ミロは自分の分をさくさく片づけながらアイオリアを促した。
「いっとくが何度も聞き直すなよ、何が哀しくて男同士のナンタラをクソ真面目に解説しなきゃなら
んのかハッキリ言って訳わからんのだから。さあ、どっから聞きたいんだ」
 ミロのあっけらかんとした物言いに、アイオリアはますます戸惑う。
「どこから、と聞かれても…」
「とりあえず、女相手だったら説明要らないんだな? そうだな?」
「…た、多分…」
「なんだよ、不甲斐ないなあ。まーさーかーABCも判らん、なんて言うなよな」
「いや、いや、いや! そこまでは!! あ〜、…うん、キスは…した」
 アイオリアの照れ照れモードな様子にミロは一瞬ほっとして、…ややおいてからものすごく不可解
な面もちになってしまった。自分で言っておきながら猛烈な疑問。
「…した…? シャカに、か?」
「いちいち確認してくれるな。他に誰が居る?」
「や…悪い…あんまりに想像つかなくて…だってあのシャカだぞ…」
 というかそもそもあのシャカを相手に***しようという獅子の神経が計り知れない。確かに顔だ
けだったらアイドル顔負け美女レベルだが、どこをどうしたらあの鉄面皮が愛だの恋だの語るんだろ
うと本気で思い悩んでしまう。
(…けどアイツ、アイオリアの前だとびっくりするくらい可愛いときもあったよな…うわ…見てみた
いかも…命が惜しいから覗きは死んでもゴメンだけど…)
 そこまで考えて、ふと気が付く。一応この獅子座のことだから大丈夫だろうが念のためだ。
「…あのさあ今更だけど」
 ミロは不意に声のトーンを落とした。
「まさかあのシャカ相手に黄金が3人がかりでもしないと無理とは判っちゃいるけど、強姦は俺、反
対だからな。もちろん同意は得てるんだよな?」
 ところがアイオリアは、その言葉に途端に焦りだした。ま、まさか、この男に限って??
「…ど、同意は…これから得るのだ…」
「マジ?」
 アイオリアはみるみるしょぼんと項垂れた。
「考えてもみてくれ、ミロよ。決死の覚悟でアイツに許可を求めたとする。まかり間違ってアイツが
うんと言ってくれたとする」
「まかり間違って、かよ…」
「その時イイ雰囲気になって押し倒した後、まさかアイツ当人に「どうやってするのだ」などとはと
ても聞けまい!!??」
 あーそれはそうだ。激しくその通りだ。ミロは軽く頭をかかえた。
 あのシャカのことだから「知らぬ」とへろり答えたきりマグロ状態になること間違いなしだろう。
「赤ん坊はコウノトリが…とか、キャベツ畑から…とか言ってくる方がまだ想像できるな…」
 がりがり、とミロは頭をかきむしった。めんどくさいことこの上ないバカップルめ!!
「…あー…どうやってヤんのか、だったっけ」
「だから初めからそれを聞いている」
「物事には順序ってもんがあんだよ! 女相手にだって押し倒して2秒で合体って訳にはいかないだ
ろうがよ!」
「がッ…」
 アイオリアがさすがに耳まで赤らめたところで、ミロはこほんとひとつ咳払いした。
 ああッくそっ。素面で説明しろってか? バカ猥談の方が百倍マシだ! この場にデスマスクでも
いれば絶対鼻で笑って教授役をおしつけるのに!
「ええい…だから! くれぐれも繰り返させんなよ!! いいか!」
 ミロは腹をくくって勢い良く語りだした。酒を出してくればよかったと思いつつ。
「どうせお前の役割分担は相手が男でも女でも変わりないんだ。問題なのはむしろ向こうで…」



 それから約二時間後。
 アイオリアは決死の覚悟で獅子宮に戻ってきてシャカと相対していた。
 頭の中ではミロからの様々な「忠言」が極彩色付きで踊りまくっている。…要するに相当「臨戦態
勢」なのである。
「リア? 何か気になることでもあるのかね?」
 シャカが珍しく自分の挙動不審を気にしているようで、気を遣うような言葉をかけてきた。その滅
多にない優しさに心中で涙しつつも、アイオリアは平静なふりをするのに必死だった。
 壊れた処女宮が完全に修復されるまでは、と、シャカはこの頃獅子宮を住まいにしている。ので、
アイオリアが自宮に戻れば必然的にシャカと逢う。聖戦が終わって互いの気持ちを少しずつ確かめ合
い、ミロ言うところの「両思い」をそこそこ認識した二人であったが、もとより普通の男女カップル
でもないのでそれ以上に発展しようもなかった。
 だが、愛情が情欲を伴うのは健康な男子なら当たり前である。少なくとも獅子座からすれば、一度
いとおしいと認識してしまった優しくも美しい「存在」にココロだけでなく肉体も燃え滾ってしまう
のはいたしかたない現象であった。
 ましてシャカの容姿はグラビア美女ばりに整っている。
「…震えているぞ、まさか、熱でも?」
「いや、無い。ある訳ない。大丈夫だ」
 といいつつもアイオリアの身体は緊張に震えまくりである。
 聖闘士たるもの恋だのなんだの甘い感情ばかりにうつつを抜かす訳にはいかない、と判ってはいる
が、止められないものは止められないのだ。
 あくまでもアテナの聖闘士にとって最も大切な存在は何よりも誰よりもアテナ。己をすべてなげう
っても尚。…だが、日常で例えば身近な誰か…例えば目の前の男(そうなのだ男なのだ)を愛しいと
思うのとはまったく別次元の問題で。
 …だから、だから。
(ええいそれでも男か俺は! 思い切って言ってしまえ!)
「シャカ!!」
 アイオリアはとうとう意を決してシャカの肩に手を伸ばし、強引に自分の方へ引き寄せる。ぐいと
思い切り抱き寄せるとシャカが反射的に身を竦めた。
「…ッ…リア??」
 心臓が早鐘だ。いやそんな言葉では済まない。もういきなり爆発寸前だ。
「シャカ…ッ! 俺は…俺は…!」
 あまりに勢いあまって、言葉が上手く繋がらない。アイオリアは見ている方が気の毒になるくらい
真っ赤になっていた。あらんかぎりの勇気を振り絞って叫ぶ。
「好きだ! 抱かせてくれ!!!」
 だが、その言葉と同時に、腕の中の細い身体がびしっと固く凍り付いたのを感じた。
 …感じてしまった。アイオリアは全身の血の気が引いていった。
(コレは、やはり失敗したのか。イヤ、ダメなのか?)
「…シャカ…ッ…」
 たっぷり一分は、シャカは硬直していたろう。アイオリアはその間にどうにか理性を取り戻せない
だろうかと懸命に苦心した。もちろん拒絶されるパターンも念頭に入れていた。酷く寂しいことだが
仕方がない。相手が嫌がることをアイオリアは爪の先ほどもしたくなかった。だから、シャカが拒め
ば「すまなかった」のひとことで済ませ、熱情をねじふせる覚悟くらいはあった。
 ところが。シャカは不意に笑い出したのだ。
 しかもありえないほどに声までたてて。
「シャカ…??」
 まさか笑われるとは思ってもみず、アイオリアは抜けた声で恐る恐る名前を呼ぶ。シャカはいつの
まにか真っ青な瞳を開けて…少し細めて柔らかに笑んでいた。どきり、と胸打たれるその青さにアイ
オリアは言葉を失っていた。
「…君という男はどこまでも直接的だな…まあここで気の利いたくどき文句を吐かれても誰に入れ知
恵されたのか詮索したくなるところだが」
 そうして、じっ、と青い双眸を向ける。この上なく穏やかなその色。
「悟りの境地にはほど遠いな、獅子よ。しかしそれが人間らしさというものか」
 少し照れが入ったのだろう(このシャカが!?)、数秒の間が空いて。
「…君の望む通りに、したまえ」
 投げやりとも取れる返答だったが、これでもシャカにとっては最大限の告白であろう。アイオリア
は感極まってますます強く抱きしめた。あまりに強く力をこめすぎて、さすがに悲鳴があがる。
「うわ…ちょ…アイオリア! 私を絞め殺す気かね!」
「す、すまん!」
 なんとか少し腕の力を緩め、アイオリアはまじまじとシャカをみやる。滅多に開かぬ双眸を開けて
やや緊張混じりな生真面目な表情で。幼い頃からずっと間近で眺めてきた白い綺麗な顔立ちが、今日
改めて目の前にするとこんなに儚くていいのかと心配にさえなってしまう。
 そっと、頬に手をかけた。びくっとシャカが震えたのが判る。口ではイエスと言ったものの、さす
がの彼も少し怖いのかもしれない。それとも照れか。アイオリアが構わず唇を寄せるとシャカはおと
なしく目を閉じて従った。
 長いながいキスをアイオリアは味わった。というより貪った。軽く触れるだけのキスだけだったら
今までにも交わしたことはあるが、明らかな情欲を伴って熱烈に舌まで絡めたのは初めてだった。幾
度となく角度を変え息継ぎを織り交ぜながら、腕の中の身体から力が抜けるまで続けた。
「…ッ…ン…」
 別段上手いキスではなかったと思う。技術も経験もない、ただ熱意とパワーだけだ。だがそれでも
あまりに息が切れるまで翻弄されまくったせいか、シャカはそれだけでくたりと頭をアイオリアの胸
にもたせかけ、呼吸を乱した。アイオリアはますます嬉しくなってしまった。
「…ベッドに行こうか?」
「……性急な獅子だな…許可を取ったからとは言えその場でいきなりか」
「これ以上待てなかったのだから仕方なかろう」
「開き直りも相当だ」
 ため息ひとつで、しかしシャカは不機嫌でもなく苦笑で答えた。すり、と無意識に身を寄せてアイ
オリアを見上げてくる。潤んだ青い目と初めて見る淫靡な表情に、アイオリアはいきなり下半身が爆
発しそうになってしまった。
(───!!!! かっ…可愛いすぎる…!!!)
 その後、お約束のお姫様抱っこで寝室へと恋人(笑)を誘いながら、アイオリアはミロから教わっ
た忠言をひっきりなしにぐるぐる思い出していた。大切ないとおしい隣人を、僅かでも傷つけたくな
いとの一心で。



「…んで」
 ミロは昨日よりも更に呆れ度3割増な視線で友人をねめつけた。
「結局上手くいったんだな? その様子だと」
「もちろんだ! 全てはお前のおかげだ!」
 またしても夕食時に突撃されてミロは心底閉口している。まあ「成功したぞ」と雄叫び上げて朝
から叩き起こされるよりはマシかもしれないが。
「とりあえず礼を言っておかねばと思ってな! ちなみに勿論同意の上だったぞ!」
 あんまり嬉しくてネジが数本ぶっとんでいるらしい獅子は恥ずかしげもなくそう宣言し、胸を張
ってみせた。なまじ根が正直なものだから、とびぬけ加減も群を抜いている。
「あ〜…あのシャカ相手にアテナビックリ技以外通用するとは思ってないから」
「可愛かったぞ、とてつもなく! 十三年以上聖域で共に居て、アイツがあれほど可愛いと思った
ことはなかった!」
 あああ、ついにのろけ話が始まってしまった。今日はこの雄叫びを聞きながらメシを食う羽目に
なるのか俺。頼むからそれだけはやめてくれ。
「いや、詳しい話はいいから。それより俺はメシを食いたいんだが」
「ああ、そうか。邪魔をしてすまん。…手伝おうか?」
 帰ると言い出さない辺りにアイオリアの真意を感じ取るミロ。まだ言い足りないことがあるとみ
える。それともまた聞き出したいことが?
「大丈夫だ、もう終わるから。そうだメシと言えばおまえ、シャカに何か食わせてやらんでいいの
か? アイツのことだからおまえが用意してやらんかぎり水一滴とて口にしなそうじゃないか」
 アイオリアは、それには苦笑を返す。
「まったくもってその通りだ。…が、今日は心配要らぬ。さきほど出がけにたっぷり夕飯を用意し
て置いてきた。水も十分飲ませてきたし、しばらくは大丈夫だろう」
 まるでペットに餌をやってきた、みたいな口振りで、ミロはまた呆れ度2割増の表情。
「ところで、ミロよ。昨日の恥ついでにもうひとつ聞きたいことがあるのだが」
 そらきたぞ。ミロは思わず身構える。とにかくこの獅子は直球勝負なので、初めからココロして
かからないと不意打ちで精神的打撃をくらいかねない。
「おまえが、女と違って…その、…濡らさないと入らない、と言ったろう。その時に」
「───超絶直球だなオイ!!!」
 ミロが撃沈しそうになるところを、アイオリアはそれでも続ける。
「最近は専用のジェルだのクリームだのが売っているらしいが、無ければ生卵の白身を使うと一番
滑りがいい、と」
「使ったのか! マジで!!!」
 凄まじい絶叫にアイオリアは顔をしかめた。いかにも心外だ、という表情で。
「忠言してくれたのはミロ、おまえだ」
「そりゃ一応参考までとして…ていうか…使ったのか…」
 ミロはしみじみと勇気有る友人をみやる。何も記念すべき(?)初回からそんな未知なる挑戦を
せずともいいものを…。
「シャカも気の毒に…」
「ああ、シャカか。食べ物を粗末にするなとか得体の知れない挑戦をするなとか散々ごねまくって
いたが強引に押し切ったら黙ったぞ。いや、黙ったというか口も聞けなくなったというか」
「………」
 汗だらけになるミロを置いてアイオリアはまだ一人語り続ける。
「確かに効能はバツグンだった。しかし、確かに俺も毎回食べ物をそう粗末にするのは気がひけて
ならんのだ。それで、その、専用のジェルだかクリームだかを手に入れたいのだが」
 ミロは必死で頭を整理した。どこだ、いったいどこからツッコミ入れたらいいんだ。
「…アイオリア」
「ん?」
「セッ…行為…は鍛錬では無いんだぞ? 道具を集めて万全の準備を整えて、というようなはかり
ごとでもない。シャカを愛して…るんだろう?」
 愛し、のところであやうくむせかけてしまった。なんと不似合いな単語だろうか。
「もちろんだ。…だが、アイツは女ではないからその分酷い負担をかけていると思って、だからで
きるだけ良いようにと」
 ううぬ、そういう思考回路か。ミロはまたぐるぐる頭が回ってきた。
 大体ひとんちのセックス事情なんて本来は口を挟む義理じゃないような気がする。たまたまこの
友人があまりにも無知で相談を受けたから話をしてるのであって…。
「…シャカが嫌がらないんだったら…な…」
「それは説得する」
「イヤ説得じゃなくて…」
「下界に行けばすぐに買えるようなモノなのか?」
「…おまえその手のシロモノが市場とかで買えると思ってんのか??? ある訳ないだろ!」
 ミロはテーブルの上のものをがしゃーんと放り投げそうになった。そんなことをしたらダメにな
るのは己の夕食なのでかろうじて踏みとどまったが。
「俺だってどうやって買うかなんて知らないっつの! ただ噂でそういうのがあるって聞いたこと
があるくらいで!」
「噂? 誰から」
「デスマスク!」
 アイオリアがさすがに固まる。いかに勇猛果敢な獅子といえどもさすがに蟹相手に己の夜の事情
を説明する勇気はないらしかった。話は唐突に終わった。
「…そうか、知らないのだったら仕方ない。済まなかったな。ミロ。ありがとう」
 そう言ってアイオリアはあっという間に背を向ける。
「あっおいアイオリア!」
「夕食の支度の邪魔をして済まなかった。獅子宮に戻る。ではまた」
 やってきた時同様の素早さでアイオリアは姿を消した。ミロはげんなりとため息を零した。
 まるで嵐か台風のようだ。
「──ミロ?」
 ため息ばかり連続でついていると、今度は別の呼び声がした。聞き慣れた声に感じ慣れた小宇宙
が混じる。カミュだろう。
「…あー、おつかれ」
 カミュは大量の買い物袋をかかえてプライベートエリアの方へと入ってきている。
「頼まれていたものはだいたい揃ったと思うが」
 そう言って部屋の隅に袋をどさりと置く。買いだしの中味は殆どがミロの指示による食材で、自
分自身のものはウォッカの瓶が数本だけのようだった。その瓶を勝手知ったる風にそこらの棚にし
まう。今日はカミュもこのまま天蠍宮に泊まるつもりなのだろう。
「サンキュ。こっちもちょうど支度が終わるとこだ」
 カミュは別の袋の中から一番最初に卵のパックを出した。潰してしまわぬようにとの配慮だった
のだろうが、ミロはそれを見るなりなんとも言えない顔になってしまった。それに気付いてカミュ
が「どうした」と声をかける。
「いや…さっきさ、アイオリアのヤツが来襲してきて凄い話をしていって…」
「凄い話?」
「食ったら後で話す。食事時にはもうゴメンだ」
 カミュは怪訝な表情ながら「そうか」と言って頷き、それ以上は追求してこなかった。代わりに
つい、とミロの傍に寄ってきて(ひやりと冷たい空気も一緒に)その豊かな金髪にキスをくれた。
 ああ。ミロはふと目を閉じる。
 アイオリアはどんな顔をするだろう。実は「自分たち」がこういう関係だと知ったら。
「とりあえず今度からは同じ穴のムジナってことか…誉めたことじゃないけど」
「? 何の話だ?」
「ん。だから後で説明するって。メシ食おう」



 余談だが。
「あー…今頃ちゃんとメシ食わしてんのかな、アイツ」
 カミュとミロは習慣といえるほどおきまりになった向かいの席での夕食にありついていたが、ミ
ロの方が不意にサラダをつつきながらそんなことをぼやきだした。カミュがそれを聞いてまた不審
そうな顔。
「説明もなく訳のわからん独り言を呟いてくれるな」
「悪い…シャカがメシ食ってんのかちょっと気がかりで」
「アレが断食するのはいつものことではないか。数日食わずともあの男は平気で居るのだし、今更
何を…」
 といいながら、カミュも不意に表情を改めた。「そういえば」と呟く。
「さきほど買い物帰りに十二宮をあがってきたとき、獅子宮でシャカに逢ったが…どうも様子が変
だったな…」
「様子が…変?」
 ミロが、ぎょっとして手を止め向き直る。
「通り抜ける際に通るぞと一声かけたら、プライベートエリアの方からふらっと出てきてな。その
格好が髪はびしょぬれ、シーツでぐる巻き状態のなんともしょうのない姿だったので、夕刻にもな
ってそれはなかろう、と私が呆れて声をかけたら「今は夕刻なのか」と逆に聞かれた。まさかずっ
と寝ていたのかと尋ね返したら世にも奇妙な顔で「リアの気が済むまでは眠れぬ」と。…あれはど
ういうイミだったのだろうな…心当たりはあるか? ミロ」
 ミロはカミュの説明を聞いてにわかに青くなった。
 まさか…今の時間になってアイオリアが雄叫びを上げにきたのは単に昨夜の余韻で寝過ごしたと
かそういうのではなく、今の今まで……?
「カミュ。俺は多分十三年間で初めて心底シャカの身を心配している…」
「?? どういうイミだ?」
「止めた方がいいんだろうか、それとも他人の家の夜の事情には口を挟まん方が親切か」
「夜の…事情?」
 ミロは真摯な瞳で親友をみつめた。
「頼む、聞いてくれ、俺の胸の内だけではあのバカップルはいっぱいいっぱいだ!!」



 とにかくも、獅子座はココロおきなく愛することのできる恋人を手に入れ、乙女座は自分の置か
れた新しい状況を当たり前のように受け入れた。そこに生じる精神的障害が互いの間になにひとつ
存在しなかったのは、彼等がそれほど信頼し合っている証拠なのだが、問題はむしろ物理的方面に
現れた。
 例えばシャカがしばらくベッドの住人と化し、アイオリア以外の誰も生存を確認できなかったと
か、やたらに「病欠」が増えたとか。決して鍛錬をサボることのなかった獅子座がこの頃は朝では
なく夕刻に訓練所に現れるとか、日が落ちてからは獅子宮をくぐり抜けることが出来なくなったと
か。…ひとつひとつはまあ些細なことではあるのだが。
 今のところ事情を知っているのは当人たち以外ではカミュとミロだけだ。しかし獅子座のおおっ
ぴらにすぎる乙女座への執着ぶりを見る限りでは、全域に広がるのは時間の問題だろう。既に牡羊
座は気づきつつあるし、魚座も何やら疑わしい目を彼等に向けている。
 仲がいいのはもちろん構わないのだ。それが例え肉体関係を伴っていても周りに迷惑さえかけな
ければ。…多分。
 ただ獅子座の浮かれっぷりだと十二宮内で面倒な色事騒ぎを起こしかねないので、それだけが今
のところの難点だった。そういうところは本当に融通がきかないのがアイオリアという男だ。しか
も相手があのシャカ。下手に騒ぎになったら最後どのような収束を迎えるのか、想像を絶する。
 ミロは、とりあえず精一杯さりげなく友人に「シャカを壊すなよ」と忠告してみた。相手は胸を
張って「もちろんだ」と答えていたがどれだけ守っているやら甚だアヤシイ。だがそれ以上はこの
バカップルにかかずらう気分ではないだろう。
 今日も今日とて、処女宮脇の沙羅双樹の園跡で、二人は仲良く土いじりをしている。
 ミロは通り抜ける際にそれを小宇宙で確認して、けれど声をかけるのはやめておいた。余計なこ
とは考えず、微笑ましい(バ)カップルだと思っていれば害はなかろう。
「頼むからもう赤面モノの相談はもちかけてくれるなよ…」
 そう呟いて、ミロはその場を立ち去るのだった。














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